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媚熱



 吐息混じりの低い声、ぼんやり煙草をくゆらせる。今日の横顔はいつもと違う。
 いつだかお前は言ったね。一途って言葉は大嫌い。嫌い嫌い大嫌い。わざとらしくって、わたしには似合わない。
「昨日の記憶ないや」
 散らかった部屋の言い訳。おれは返事をしない。シーツだけ乱しておいてその嘘は通用しないだろう。部屋の片隅、屑籠から見える白が生々しい。転がっている空の酒瓶。昨晩はお楽しみでしたね。おれ以外の誰かと。
 シャワーを浴びるお前を待ちながら、さっきの横顔の意味を考えている。メイクを落とさずに寝たな、とか、寝不足だな、とか。そしてそれ以上に、見たことない横顔だったな、と。
 ショックを受けている自分が意外だった。おれたちはなにか約束した仲ではなく、セックスをするだけの友達だと思っていた。そしてお互い、そんな存在は自分たちだけなのだと。もちろん確認し合うなんてダサいことはしたことがない。なにもいわなくても通じあう仲だと思っていた。
 だからあの横顔はおれをひどく動揺させた。
「お待たせ」
 濡れたままの髪、すぐ脱がされる事を想定してか裸同然の衣類。足音もなくベッドに近寄っておれの手を取る。
「いや、いい」
 おれは初めて拒否をした。お前は事態が飲み込めなくてきょとんとする。だってその顔つきはさっきの横顔とは違うから。
「昨日の記憶、あるんでしょう」
 意地悪にもそう言ってみる。
「……やっぱりネズには隠せないね」
 切なげに揺れる瞳は、ああ、さっきの横顔。
 少しずつ話される昨晩の記憶。行きずりの男とセックスをした。名前も聞かなかった。聞かなくていいと思った。だけどいまは後悔している。だって、
「もういいです」
 一晩だけの恋人のはずだった。それなのに、と続けるお前に吐き気がしておれは遮る。不潔だなんだというつもりはない。知らない男とキスをした唇が許せなかった。おかしい、おれはお前にとっての大切な友達だというだけなのに、どうして。
「あのね、」
 お前はおれを無視して話を続ける。
「そいつ、ネズと同じ香水だったんだ」
 だから抱いて、昨日を思い出させて、とあの横顔。視界の端に屑籠。もうどうにでもなれ。
 いつもは嬌声の合間におれの名前を呼ぶのに、今日はそれがなかった。目を閉じて昨日の幻影を追うお前を、おれはただ見ている。キスはしなかった。恋人みたいに指を絡めた。煙草のにおい。微かに残る、知らない男の存在。
 失うことは怖くないと思っていた。なにより、お前を失うことはないと思っていた。それがこんな形でいきなり奪われるなんて。
「ごめんね、いやだよね」
 全てが終わった後、お前は泣くように呟いた。ここでさよならを告げれば、おれはたぶん楽になれる。おれたちは、
「なにも変わりませんよ」
 不思議とそんな言葉が口を注いで出た。
「お前の我儘に付き合えるのはおれくらいですから」
 だからこの先もきっと香水は変えない。おまえのために。一度失ったものを二度も失うのはごめんだ。
 お前の横顔を思い出して、帰り道に初めて泣いた。

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