彼女が死んだ。 地球上からたった一人の女が居なくなっただけなのに、何故だかおれの胸の辺りには大きな穴が開いて何かを叫ばなければならないようなそんな気持ちになった。何を叫べばいいのか分からない。人は死んだら星になるなんていう世迷い言は信じちゃいない。でも、上を向いて目に空を映す度にそんな気持ちになってしまう。 彼女が死んだ。 それだけなのに。 「ネズ、ごめんね。一緒に死のうって言ったのにね」力なくおれの手を握りしめ、そう言っておろおろと泣いた。「泣かないでください」と言うしかなくて、おれも泣いた。不治の病というと詩的な雰囲気に誤魔化されてしまいそうになるが、要するに死ぬ時期が決まっていたということか。「おれも行くから」絞り出した言葉に彼女は微笑んだ。涙が綺麗に零れ、そして瞼は下ろされた。 そうして彼女は死んだ。 よく「その人が死んでから、いかにその人が自分にとって大切な存在だか理解した」とあるが、それは甘えだと思った。おれを満たせるのは彼女だけだったのだ。彼女はおれの一部で、おれは彼女の一部だった。互いに足りないもの同士が慰め合っていたのだ。それは他人から見たらお遊びに過ぎないのだろう。でもおれ達は真剣で、世界の隅っこで虚しく震えていた。──なんだ、おれだって詩的に物事を考えてるんじゃないか。 「アニキ」 妹の声に顔を上げる。訝しげにおれを見る眼に、心臓が揺れた。 「どして、泣いとるん」 「……泣いて、」 泣いてなんかいない。 憤って妹を睨む。ぼやけた視界は泣いているからじゃない。泣いているからじゃ、ない。泣いてなんかいない。 皮膚が破れそうな沈黙があって、妹はおれから視線を逸らした。ぴんと張りつめた空気が嫌だった。ごめんなさいと妹が呟いた気がした。悪いのはおれだろう。どうして謝るんだ。 顔を覆った掌が少しだけ濡れていて、それでおれは死のうと決めた。 - - - - - - |