それから。 駅で崩れ落ちてしまったわたしに、ネズは会いにきた。見守ってくれていた駅員にお礼と謝罪をして視線を合わせるように蹲み込んだ。 「寒いでしょう。帰りませんか」 ぽん、と背中を叩く手が優しい。 確かにとても寒かった。耳が痛くてビリビリする。 「ネズ……」 「はい、おれですよ」 「ごめんね」 恐る恐るネズの裾を掴む。拒否されなかったので安心する。 「めんどくさくてごめんね、こんな女イヤだよね。いままでなにも言わなかったのに、急にこんなこと言い出す女イヤだよね。重いよね」 留守電で言ったことと殆ど同じことを繰り返す。壊れた人形みたい。もう涙は出なかったけれど、気持ちはぐしゃぐしゃだった。 だって、ネズにも感情があるって分かったから。 キバナの言葉を反芻する。わたしの泣き顔を見たキバナが憎いって。そんなの、ずるいじゃん。いままで嫌われないよう笑顔以外見せないようにしてたのに。感情を見せたら、わたしをひとりの人間として、まともに見られてしまうと思っていたのに。そしたら嫌われると思ったのに。 だのに、とっくにわたしのことを人間として見てたんだね、ネズは。 キバナのおかげで気付くなんて、皮肉だ。 「おれは、キラキラしてるお前が好きです」 わたしを支えながら、ネズは呟いた。言いにくそうに、少し照れたように、でも、よく分からない。 「おれは、自分がよくわかりません。でも、それ以上にお前がわかりません。ずっと、ステージのネズだけ愛してるのかと思っていました。抜け殻のネズは不要なんだと。……はは、これ、キバナにも同じことを言いました。変な気分ですね」 「……うん、聞いた」 「おかしなことを言いますが、ほっとしたんです、少し。お前の泣いた顔を見たときに。ああ、生きてるんだな、と思って。涙がキラキラしていて、とても可愛かったんです。ただ、それが向けられたのがおれでなくてあいつだったから。嫌ですよね、あんなひどいことされたのに、こんな風に思われるの」 ネズは顔を背けた。 「でも、あれに怒るよりも、お前の方が気になったんです。おれはお前が好きなんですよ、やっと気づきました」 感情的に揺れる視界、ネズの耳が赤くなっているのが見えた。寒さからなのか、それとも。 「人間に執着したことがないので、気づくのが遅くなりました」 ああ、それで。 わたしに執着する人間なんてクソくらえと思ってたのは、ネズだけを待っていたせいかもしれない。ネズにだけ愛されることを求めていたんだ。 ああ、ごめんね、キバナ。 わたしの正体に気づかせてくれたのに、ひとりにしてしまって、ごめんね。だけどわたしはキバナからの愛は要らない。ネズだけ恋してる。 「おれたち、1年もなにしてたんでしょうね」 言葉に詰まるわたしに、彼は少し微笑んだ。 「ここから始めましょうか」 そしてわたしはまた涙を流す。ネズは構わずキスをくれた。それはとても甘やかで、洗いざらい吐き出したわたしたちはようやく愛に安心することができた。 愛に必死だったわたし――わたしたちは、ようやく幸せになれたようだった。 - - - - - - |