「あいつ、帰りましたか?」 ネズは肩を鳴らしながらオレに問いかけた。楽屋、オレとネズ以外は誰もいなかった。 「帰したよ」 久しぶりのネズのライブは爆発していた。世界を燃やす歌を叫び、喚き、そして燃え尽きた。いま古ぼけたパイプ椅子に座るネズの顔色は死人みたいだった。 「で、話とはなんですか」 「いいのか? いまで」 「どういう意味です」 「いや、単純にオマエ疲れてねぇのかなって」 「そんなこと気にするキャラじゃないでしょう」 同じようにボロいパイプ椅子に座ることを手で勧められたが、断った。まともに目を合わせる自信がなかったから。 「まぁ、いいです」 ネズはゆっくり足を組んだ。蹴ったら折れそうな細い脚。これでさっきまでステージを走り回っていたとは思えないほど、頼りない。 「オマエさ、」 アイツのことで話をしたいといったのはオレなのに、上手く言葉が出てこない。そもそも、オレはなにを話すつもりだった? 「……オマエ、アイツのなんなの?」 「わかりません。それはおれが決めることじゃないので」 ぴしゃりと閉め切られた返事に、またオレは窮する。ネズの表情は相変わらず読めない。 「お前があれをどう思っているのかは知りませんが、おれは関係ないですから」 「ふつう、キレるんじゃねぇの?」 「なににですか」 「写真、撮ったこと」 「ああ、」 そのことでしたか、とネズは幽かに笑う。 「正直いって、お前を許せないという気持ちはありません。……ただ、あれの泣き顔が頭から離れないだけです」 そして眉を顰めた。 「今日のあいつは全然楽しそうじゃなくて、それもひっかかりました。3ヶ月ぶりなのに。分かりますか? 分からないでしょうね。おれはいつもあいつを見てきましたから。あいつは、ネズが好きなんです。ステージ上のネズが」 オレなんていないように、ネズは喋り始めた。 「歌っているネズが好きなんですよ。ただ。あいつはステージを降りたおれには然程興味ないんです。ネズの名残を味わうためにセックスするだけで。おれのことなんか、見ていないんです。ただニコニコして、感情が分からない。分からないんです、あいつの考えていることが。だから、」 息継ぎ。 「あいつの泣き顔を見たお前が憎らしい。それだけです」 予想外の台詞にオレは呆気にとられる。ネズは僅かに動揺しているようだった。 「おれはあいつの笑顔以外、見たことがないんです。全部ネズに対する笑顔で、おれに向けられたものなんてないんですよ」 洪水のようにネズは吐き出す。 「おれはお前が嫌いです。どうしてあいつはお前なんかに、」 優越感に背筋が粟立った。初めて、ネズより優位に立てた気がした。 「驚いた。オマエ、マジじゃん」 からかうようにそう言ってみた。 「そうなんですかね。じゃあそれでいいです。たぶん――おれはあいつのことが好きなんです」 そう呟いたネズの表情は、また読めなかった。 アイツ、オマエに愛されたがってるぜ。 意地悪なオレはその言葉を飲み込んだ。 - - - - - - |