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一閃



 あれから。
 ネズは冬眠と称してしばらくライブがないことを告げた。といっても3ヶ月。その日わたしたちは3ヶ月会えないことを改めて確認することもなくセックスをした。いつもと違ったのはネズがやたらキスマークをつけたがったことだ。珍しくて、嬉しかった。気まぐれでもいい。ネズのものにして。わたしの身体中に赤い花びらみたいな痕を散らせてネズは気を遣った。嬉しそうなわたしをみる彼の目は、やっぱりどんより曇っていた。

 それから。
 実はわたしは頭が悪いのでキバナと関係を続けていた。他にどうすればいいのか分からなかったから。画像をネズに見せると脅されているわけではない。――脅してくれた方がいくらか楽になるのに。
「うわぁ、すげぇ痕」
 ネズに抱かれた次の日、会いたいとメッセージが入ったので仕方なくキバナの家に行った。玄関先でいきなり脱がせてこの台詞、心なしかキバナの目は楽しそう。「見ないで」無理と知りつつわたしは抵抗する。「なんで? 興奮するからオレは気にしない」すっかり服を奪われてわたしは寒さから自分を抱きしめる。そんなわたしを抱きかかえてキバナは温かい部屋に連れ込んだ。恋人みたいに。
「これ全部ネズが?」
 指でひとつひとつ辿りながらキバナは問うた。
「そう」
 嘘をつく必要もなかったので素直に頷く。
「へぇ」
 訊いた癖に興味なさそうな返事。こいつがなにを考えているのか、わたしには分からない。
「アイツこんなことするんだ」
 首筋。見えるか見えないかギリギリのところ。熱い指先がつうっと滑る。ぞくりとした。「ここ、服着てても見えるぜ」やっぱり。
「くすぐったい」
 わたしの文句なんか聞こえないふりして彼は痕をまじまじと見ている。
「オレ、初めて見た」
「初めてつけられたからね」
「いつ?」
「……昨日」
「へぇ」
 今度の「へぇ」は楽しそうなものだった。なにかひっかかる。なにを考えているかは分からないけれど、なにかを考えていることだけは分かるのだ。
「ま、いいや、しようぜ」
 キバナは服を脱ぎ捨てた。ネズとは全く違う健康的な身体が曝け出された。わたしは目を閉じる。嫌なものをできるだけ見なくて済むように。

 それから。
「痕消えてきてんじゃん」
 一週間ほど経って、相変わらずわたしはキバナの家にいた。不健康なわたしの身体は忘れていたかのようにキスマークを消してきていた。またひとつひとつ指しながらキバナは言った。
「これ、上書きしようか」
「は?」
「上書き」
 わたしの返事なんて聞かずにキバナは唇を寄せる。
「やだ、離して」
 当たり前だけど力では勝てない。もがいてあがいてもキバナの抱きすくめる力には抗えず、わたしはされるがままになる。
 首筋、二の腕、手の甲、胸、お腹、太腿。全てに唇が這ってちりりとした痛みが走る。ネズにされたときは痛いと思わなかったのに。またわたしの身体には鮮烈な赤が咲く。
「……キバナ、あんた頭おかしい」
 わたしはストレートに言葉でキバナを殴った。効かないのは分かってるけど。
「オレはしたいことをするだけ」
 悔しい。
「ネズ、どんな気持ちでつけたんだろうなぁ?」
 わたしから言葉を引き出そうとする耳元のキバナの言葉はあくまでマイペース。熱い指先。熱い吐息。背筋が震える。
「っ、嫌い」
 お前なんか大嫌いだ。わたしの目からは涙が溢れて止まらない。まただ。こいつの前だと泣いてしまって情けない。悔しくて辛くて苛々して、感情が爆発してしまう。嫌いだ。嫌いだ。ネズに画像を見られないために抱かれているけど、絶対に嫌いだ。身体を好きにされている分、心までは好きにされたくない。わたしを乱さないで。
「泣くなよ。ネズの前では泣かないくせに」
「ど、して」
 それを知ってるの。
「ネズが言ってた。あいつも泣くことあるんだなって」
 それって。
「あ、悪ぃ。あの写真、事故で見られたわ」
 頭の後ろが冷たくなる。目の前が白黒になった。身体がぐらりと湾曲する。天地が逆転して、立てなくなる。わたしを支えるキバナの手は果して力強い。
 ぱたり、冷たい涙が床に落ちた。
 
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