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ルネスタ



 睡眠薬に抗って夜更かしを続ける金曜日。掌には世界があって、絶え間なく更新される情報にただ流されている。みんな生きてるなあ、わたしと違ってきちんと生きてる。剥き出しの感情を文字に載せて曝け出せるみんなが羨ましく思えた。
「まだ起きてんですか」
 創作部屋から顔を出したネズは咎めるようにそう言った。わたしはネズも羨ましかった。
「眠れないよ」
「薬は?」
「飲んだ」
「じゃ、大人しくしてて下さい」
 コンタクトを外して黒縁の大きな眼鏡をかけている姿はいつ見ても新鮮だ。中指でブリッジを持ち上げるのは悪い癖だからやめてほしいけれど。
 ネズは夜毎剥き出しの感情を文章にする。それは歌詞になったりエッセイになったり小説になったりして、この世の誰かを救うのだ。大したもんじゃないですよ。そう応える彼の背中はとても眩しい。眩しくて、羨ましい。
「ネズは?」
「ん?」
「寝ないの?」
「おれはまだ仕事が残ってますから」
「寝ようよ」
「締め切りが近いので」
 そうやって生きることを許されているひとはとても眩しくて、羨ましくて、
「寝ようよ」
 わたしは我儘を言う。
 ふう、とネズは眼鏡を外しながらため息をついた。
「お前は仕方ねぇヤツですね」
 眩しいひとは優しくて、
「じゃあ一緒に寝ましょう」
 そうして大きく手を広げてわたしを受け入れてくれるのだ。だからわたしは安心して彼の胸に飛び込む。すると、途端に生きることを許されたように感じるから。掌の世界を手放しても平気になるから。
 どんな薬よりもネズの抱擁がいちばん安らげる。彼は言葉でなくても人間を救うことができて、それはとても羨ましいことだった。

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