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 ひどい寝癖と格闘している背中を隠し撮り。自分が鏡に映らないように細心の注意を払う。シャッター音。「そんなもん撮ってどうすんですか」「んー、ふふふ」うん、跳ねてる髪が上手く撮れた。我ながらいい写真だ。保存された画像を複製してネズさんの個性的な髪型の全体像がわからないように、でも寝癖はわかるようにトリミングする。ここがきちんとしていないとあとで大変なことになるから。綺麗に磨いてある鏡に映るスマホを持つわたしの手とぴょんと跳ねた髪の毛。色温度を下げて冷たくする。最後にぼんやりしたエフェクトをかけ、完璧な画像が仕上がった。どこから見ても、ただの「寝癖」の画像だ。

〈またねぐせつけてる。〉

 わたしは短文と共にその画像をアップロードする。マナーモードで。アップロードが完了したことを知らせる小さな振動のあと、タイムラインをしばし眺める。いつもの面々、いつもの呟き。わたしの世界は毎日喜怒哀楽に溢れている。目が合った。何処そこで遭遇した。塩対応された。病む。こんなにすきなのに振り返ってもらえない。それぞれにすきなひとがいてそれぞれ悲喜交交の生活を送っている。そのなかにはいま一生懸命髪と闘っている彼に恋しているひともいるのだ。それも、何人も。みんなすきなひとの名前はいわない。でも眺めているとやっぱりわかるもので、ライブのあとはぽつりぽつりとみんな泣いたり笑ったりする。今日のセトリ最高だった。MCでめちゃくちゃ噛んでた。レス返ってきた。水かけてくれた。だいすき。ほんとすき。一生ついていく。
 ネズさんはばたばたと準備を終えて「今日は遅くなりますよ」と言って家を出た。わたしはまた呟く。さっきの画像みたいにぼんやりした惚気を。

〈ねぐせなおったみたい。遅刻しそう。いってらっしゃい!〉

 他愛ない呟きだ。だって誰を見送ったかを書いていないもの。ネズさんいってらっしゃい!なんて余計なことを書いてしまったらどうなるんだろうと考えてぞくりとする。わたしは性格が悪い。知ってる。このぞくりは優越感によるものだ。だって恋人がネズさんだってみんなに知られてしまったら世界が壊れてしまう。みんなの世界もわたしの世界も。自分のすきなひとが女と同棲していて、それも昨日の夜はいつもより激しかったこととか知ってしまったら、どうする? どうなる? いつもライブに通ってて、連絡先を書いた手紙をくれるあの子とかあの子とか、どんな顔をするかな?
 スマホが震える。タイムラインを更新したら、少しだけ仲良く話す子から〈手きれい〜〉とコメントがついていた。ありがと! それより寝癖みて!と物騒な返信を打ちながら、わたしは笑っていた。知ってる。あなたいつも出待ちしてるよね。話した内容を全部書くから丸わかりだよ。だってネズさんはいちいちわたしに報告する癖があるんだもん。今日も疲れた。でも楽しかった。こんな会話をした。シャワー浴びてきます。そのあとはふたりでご飯を食べてまたいちにちどんな風に過ごしたかを報告し合う。少なくとも昨日はそうだった。いいでしょう。
 わたしは笑う。

〈すきすぎてつらい。〉

 指先は唇より饒舌だ。本人には絶対いわないようなこともするする書いていく。いつものメンバーからアクションがあったことを確認して電源を落とした。
 わたしは笑う。すきすぎて辛いよねぇ、分かる。この子もこの子も本当はわたしの恋人がすき。彼はわたししか見えていないのに。
 カーテンを開けて背伸びをする。今日もいいいちにちになりますように。

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