家を出たのが早すぎた。
約束してある時間まで十分に時間がありすぎる、私にしては珍しい。なので彼の家に着くまでの道のりを少しゆっくりした歩調で進もうと思う。


いつも何かと時間に追われていることが多くて、もう滅多に空を見上げることが無くなった。昔は何かと大きな空を仰ぎ見ていたのに。携帯を開く。17時53分、余裕だ。しかし辺りはもう暗くなってきて、冷え込んでいる。そういえば彼は、晴矢は冷え性だ。

子どもたちが騒ぎながら、公園から出てきたここは、よく晴矢とヒロト、それからときどきリュウジともサッカーをした公園だ。高校生にもなって大きな声で笑いながら夢中でサッカーしていた気がする。端から見れば恥ずかしい奴らだが、すごく楽しかった。子どもたちと入れ替わりに公園に踏み入れば変わっていない遊具の配置、だけどあの頃よりやはり少し古くなっている。2年程しか経っていないのに、随分過去の場所のようだ。

いつの間にか自動販売機まで設置してあり、実際は別に喉が渇いているという訳でもなかったが当時は存在しなかった自動販売機に少し胸が弾みほっとレモンを買った。ガコン。バカなことをした。120円損した気がする、飲みたいと思ったとき買えばいいのに。
あれ、このベンチ塗装禿げまくりだったのに新しく塗り替えてる、と思いながら記憶より濃くなった青色のベンチに腰掛ける。新着メールが一件。18時16分。

『今どこ?』

公園、19時には着くよ、とだけ送信。
すると足元からにゃあ、と少し間の抜けた声がした。

「……ねこ」

猫である。白い毛に少し茶色も混じっている、猫。しかし警戒心のない奴だ、得体の知れない人間の足元に自らすり寄ってくるとは。そういえば少し前、ヒロトに風介は動物に好かれるね、同類っぽいもんね、と言われたことがある。同類とはどういうことかと反論したが、この猫もそう思ったのだろうか?失礼な奴だ、猫もヒロトも。

足を動かすと少し驚いたらしくゆったりと離れたがまたすぐ戻ってくる。少し呆れてしまった。

「猫よ、君は野良か?」

話しかけてもこちらをじっと見据えたままだ。何も持っていないぞ、ほっとレモンしかないぞ、飲むか?

「そんなんじゃやっていけないぞ、もっと瞬発力をつけろ」

忠告してやったが猫は相変わらずのんびりとにゃあ、と鳴いただけだった。猫相手に何をしているんだろう。少し切なくなってきて、立ち上がろうとすると目の前に小さな影が伸びた。黒い髪を三つ編みにした女の子が、立っていた。こんな時間に1人で何を、と思ったがその視線がノロマな猫に向いていたので、飼い主かと判断した。

「君の猫かい?」

「うん」

「そうか」

少女が屈んで手を差し出すと、猫は相変わらずのろのろと動き、大人しく少女に抱かれる。少女には重そうに見える。ダイエットした方がいいぞ、と心の中で言って、猫の頭に手を置いた。するといきなり牙を向いてきたので手を引っ込める。先程まではただのノロマな奴だったのに、なんだこいつは。

「あげる」

時間も惜しくなってきたので、少女の手に開封されていないほっとレモンを渡した。少女はありがとうお兄ちゃん、とはにかんで、唸る猫を抱きかかえて去っていった。自分で飲むよりあの子が美味しく消費してくれるだろう。
だんだん彼の住むマンションが見えてきた。隣を中学生くらいの男女が通り過ぎていく。付き合ったばかりなのだろうか、自転車を押す少年と微妙な距離を保って歩いている姿に思わず頬が緩んだ。
階段を上って、彼の部屋の前に到着。ピンポーン、ガチャリ。


「わ、耳赤っ。寒かったろ」


いつもと変わらない晴矢が出てきて、私の両耳をそれぞれの右手、左手で覆われる。じんわりと暖かい。気持ちよくて目を閉じる。

「ほら入れよ、コーヒーでいいか?」

18時57分。ゴール。











1110 涼南の日でした!


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