木ノ葉隠れの里から少し離れた森の中。
バシャバシャと音を立て、雨の中をひたすら走る桃色の髪の少女。
「最悪…本降りになってきちゃった…」
少女は春野サクラという、木ノ葉の下忍だった。サクラは里からの依頼で離れた村の人物への荷物を届けるというDランク任務に勤めていた。Dランクなので7班全員で挑む程でもなく、今回はカカシもサスケも、ナルトもいない。単独任務だった。荷物を届けるだけなので簡単に終了したのだが、少し寄り道してしまったのが悪かった。見事に帰還する予定時刻より大幅に遅れてしまい突然の夕立に見回れたのである。
降り止む気配もない雨雲の覆う空を恨みがましく睨みつけ、仕方なくサクラは雨宿りをすることにした。ナルトやサスケのように、雨に濡れても別にどうでも、という思考は残念ながら持ち合わせていない。任務中なら仕方無いが好き好んで雨に濡れたくはない。
目に入った大きな幹の木を発見し、その生い茂る葉の下へ避難する。木は見事に雨を避けてくれていた。溜め息をついてサクラはびしょびしょになってしまった衣服の裾を絞る。
「ったく冗談じゃないわよ…こんなことなら茶屋に寄らずにさっさと帰ればよかったわ!」
雨は未だ止む気配もない。
「あーあ…髪もぐしゃぐしゃだし…」
乱れてしまった髪の毛を苛立ちから乱雑にくしゃりと掻き毟って顔を上げた瞬間だった。
「…………」
「……あ」
隣に、人がいたということに今気付いたのだ。それこそサクラが走って木の下へやって来て1人でぶつくさ文句を言ってきいきいと苛立ちながら髪の毛を掻き毟っている間ずっとその人物はいたのだ。
完全に目が合ってしまい、サクラは焦った。ずっと1人で独り言を呟いていた…いや怒鳴っていたのだ。精神異常者か何かと思われたかもしれない。現に目の前に立つ人物はサクラを怪訝そうに凝視している。
いきなり羞恥が沸き起こりサクラはあ、う、とよく分からない言語を発したが目の前の人物は何も言わないまま、また前を向いてしまった。ざあざあ、雨の音。
すっかり気まずくなってしまったサクラはこのまま雨に濡れても良い、飛び出して走り去りたかったが今更そんなことを出来る勇気もない。ただ自身の髪を掴むしかなかった。
横目でちらりと伺ってみる。
大きな傘を被り、これまた大きめの、この人物にはだぼだぼな装束を来ている。傘と口元まで少し覆う黒い装束のせいでよく分からないが、鮮やかな金色の肩までくらいに伸びた髪と蒼い瞳だけ分かった。左目は何故か前髪で隠されている変わった髪型だった。傷でもあるのだろうか。
金髪に碧眼というのは、サクラのチームメイトであるナルトと似ている。が、ナルトは枝毛だらけのもっとボサボサ頭だ。この人のように綺麗な髪ではないし、瞳は、こんなに睫毛で影が出来る程ない。
綺麗な人だ、と思った。
その蒼い瞳がくるりとこちらを向いたから驚いた。
「髪、傷むぞ。うん」
サクラが自分の手を見ると力いっぱいに掴んでいたせいか桃色の髪の毛がはらりと二、三本抜け落ちていた。
「あ…」
サクラはどう返答したら良いのか分からずオロオロしていると、ふ、と笑いまた前を向いてしまった。こうなったら話かけてみようと、サクラは口を開いた。元々こういう気まずく2人でいるのは性に合わない。サスケなら平気そうだが。
「す、すごい雨ですね」
「うん?ああ…」
女にしては、声が低いかもしれない。歳は14、15くらいだろう。
「あの、えっーと、どこの里の方なんですか?」
「それは言えない」
「……」
…気まずくなってしまった。
「アンタ…忍者だろ?駄目だぜそんな簡単に素性明かそうとしちゃ、うん」
「ご、ごめんなさい…」
「アハハッ」
ケラケラと人懐っこく笑う人物に、なんとなく気が抜けた。
「そんなに笑わなくても…」
「悪い悪い。なんか面白れー」
「…あの、失礼かもしれないけど」
「うん?」
「アナタ…女の子?」
沈黙。
気になってしまったことは放っておけないという厄介な性格も持っているのがサクラだった。
「…………オイラ男な」
「……えっ…」
何ということだ。サクラは本日何回目かの失態をしでかした。
「ごっ…ごめんなさい!!でもなんか目もパッチリしてるし髪の毛長いし綺麗だなって…」
「はぁ…ま、いいよ別に。よく間違われるしな」
傘を少し持ち上げた振動で、彼の長い金髪が揺れた。
「凄く綺麗な髪だもの。羨ましいな」
「ん…オイラの、大好きな人がな。オイラの髪の毛誉めてくれるんだ。だから伸ばしてる。アンタくらいにはまだまだ伸びないんだけど。男だしな」
へへ、とはにかみながら話す彼は男だと知った後だけれども、可愛らしかった。
「私の好きな人が長い髪の毛の子が好きらしくて小さい頃から伸ばしてるの。友達も…ってあんな奴友達じゃなかった」
サクラの脳内に、幼い頃から付き合ってきた、今やライバルと認識している少女の姿が浮かぶ。その少女は「デコリーン」と言って笑っていた。自分の想像だとしても腹が立つ。
「友達なんだな」
「ち、ちが…」
「大事にしろよ。オイラ友達なんかいないから分かんないけど友達って、大切なもんなんだろ?」
「…………」
「…あ、雨、上がった」
彼のいう通り、雨は上がった。雫がぽたりと滴り落ちている。
そろそろ行くかな、ともたれていた幹から身体を離す彼にサクラは言った。
「私がアナタの友達になる!」
「…は」
「友達」
彼は心底驚いた様子だったが、くしゃりと表情を緩ませた。サクラの差し出した手を握り返そうとしたときだった。
「デイダラ!」
がさりと茂みが揺れ、金髪の彼と同じ装束を羽織った真っ赤な髪の青年が現れた。少し焦った表情をしているのは気のせいだろうか。
「旦那!」
「姿を見られたのか…ソイツは」
青年はサクラを、正しくはサクラの額当てを睨みつけている。鋭い眼孔に怯んだサクラは動けない。
「友達!オイラの友達だ、友達出来たんだぜ、うん!」
サクラは見た。嬉しそうに笑う彼を見つめる青年の、慈愛と悲観に満ちた瞳を。そうか、良かったな、と彼の傘を取って頭を撫でる青年の姿を、サクラは見ていた。
「帰るぞ」
「じゃあな!うん!」
「ええ、またいつか!」
サクラが手をふり返す。青年は彼を抱き抱えて静かに印を組んだ。
そして、サクラと視線を絡める。
「すまないな」
そう言って、2人の姿が消えると同時に、サクラの意識は遠のいた。ありがとう、とノイズのかかった声が最後に聞こえた気がした。
「これが…サソリの本体…」
今、対峙している人物、いや人形は、遠い昔に会ったような気がする。ある夕立の、雨宿りをしているとき出逢った「友達」を迎えにやって来た、青年に似ているような気がする。しかしサクラの記憶には、夕立と雨宿りをした木の下、そのとき出逢った不思議な少年、としか残っていない。
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時期的には1期の始めあたり。
この頃デイダラは多分15歳程で暁に入って数年くらいではなかろうか
完全自分得なお話 脅威の長さになりました。私的には。取り敢えず髪の毛の長い頃のサクラちゃんを久しぶりに見てデイダラと無理矢理絡ませました。無理ありすぎです
最後のは分かりにくいですが、サソリはサクラの記憶を術か何かで消しました。
犯罪者ですし。デイダラ大好き過保護な旦那はそのときサクラを殺せませんでしたということです。長々しくすみませんでした…
ちなみに分かるとは思いますが、デイダラの言う大好きな人というのはサソリのことです