Sweet? Bitter?




「ね、トッティ」
「んー?」
「今週って空いてる?」
「今週?」
「そう、合コンがあるの」

 こそりと彼女たちの会話を盗み聞きする。最近入ってきた松野トド松くんは、物覚えが早くて容量が良い。私とは大違いで、すぐ同僚たちに気に入られていた。彼がバイトに入ってきてから数週間、既に同僚たちは彼を合コンに誘っているらしく、少しだけ彼に憧れを覚えている私は、ちくりと痛みが胸に突き刺さるのを感じた。

「(今週末、だろうな、きっと。ということはバレンタインに合コンするのかな)」

 正直、羨ましいと思う。私はこんなだから彼に声をかけることもできないしただ彼らの会話を聞くことしかできない。一応立場上は私の方が先輩だけど、関わることもほとんどない。距離を感じているのは、きっと私だけだ。

「(どうせバレンタインもバイトの悲しい独り身ですよ)」

 心の中でそっと毒を吐いた。こういうのが独り身の原因なんだろうか、そう考えると虚しくなって自分で自分を嘲笑した。





 イベントごとは、決まってどの時間帯も混む。空く時間帯がないと言っても過言ではない。2月14日、それは12月24日、25日の次に混む日だ。どの席を見てもカップルばかりでもう慣れたとはいえ多少の虚しさが残る。「休憩入ります」とレジ打ちの同僚に伝えてSTAFF ONLYへ入っていく。シフトのボードを見てみると、誘っていた彼女たちも誘われていた彼も揃って休みを取っている。もやもやと鬱屈したものがまた蓄積していく。ああ、なんて可愛くない子なんだろう。
 鞄の中には昨日たまたま材料を買ってあったから作ったチョコレートが眠っている。渡したい相手がいるわけないのに持ってくるあたり、やっぱり私はトロいのかもしれない。今日も今日とて一日まるっと暇だから夜遅くまでバイトに残るつもりだし、なんなら鍵の管理まで任されるくらい。無くさないように神経をすり減らすからやめてほしいけど。


「うーん」
「?なにか悩んでるの?」
「ひゃ!?」

 部屋で唸っていると、突然後ろから声がかかってきた。勢いよく振り返るとそこにはニコニコと楽しそうに、いやこの場合はニヤニヤといった方がいいのかもしれない。同僚の女の子が立っていた。

「チョ、チョコレート渡したくて」
「へえ、誰に?」
「それ、それは内緒!」
「えーっ?私誰にも言わないよ」

 は、恥ずかしいから!それより!ナナちゃんはあげないの?。半ば強引に話を逸らしたことを不安に思ったが、特に気にした風もなく「私?私は彼氏にあげるよー、もう4年くらいずっと渡してるから飽きられちゃうけどね」ケラケラと軽い笑いを混ぜながら彼女は言った。そんなふうに時折会話をして、休憩時間が終わりを告げた。あとは閉店までずっとレジや厨房に回るので忙しくなるに違いない。気合いを入れて、ドアノブに手をかけた。



 シンと静まり返った真っ暗な休憩部屋へ足を踏み入れる。パチッと無機質なスイッチの音がやけに響いて、私は足早に自分のロッカーへ駆け寄る。ロッカーを開くと見慣れた自分の鞄と余りもので、と言ったわりには力のこもりすぎたチョコレートが顔を覗かせていて、そっとチョコレートを両手で手に取る。渡せなさそうだなあ、とため息をついたときガタリと物音がした。

「……あれ?羚ちゃん」
「っ、!?」

 聞こえるはずのない、声が聞こえた。振り返ってみると、鼻を赤くしながらマフラーを外すトド松くんの姿があった。ほうと吐いた息は白く消えていって、外からやってきたようなそんな姿だった。

「ど、どうしたの?」
「いやー、ちょっと用事で出かけててさ。帰りにここ通ったらまだ電気ついてて気になっちゃって」

 入ってきちゃった。きゅるんと可愛らしく喋る姿に漏れなくドギマギとする。背に隠したままのチョコレートを握る手に力がこもる。今だったら、何も不自然なく渡せる。今しかチャンスはない。……どうすれば、自然になる?わからない。

「? どうしたの?」
「あ、えっと」

 たじろいて、後ろに下がるとガサリと手の中のものがこれでもかと言うくらい主張をしてきた。聡いトド松くんはその音にも気付いて、私の後ろを覗きこんできた。

「あれ?チョコレート?」
「そ、そうなの」
「渡せなかったの?」

 ……。
 ああ、そうか。彼は私が彼に渡すことを想定していないんだろう。だから、きっと違う人に渡せなかったと勘違いしているんだ。その違う人、なんていないのになんとも滑稽だ。

「そうなの、あのトド松くん」
「んー?」
「これ、よかったらもらってくれない?」
「え?」
「……自分で食べるのも、味気ないし」

 違う、こんなことがいいたいわけじゃないのに。本当はあなたに受け取ってもらいたくて、作ったのに。そう言えればよかった。自分に自信の欠片もない私はそんなことを言う勇気すらない。


「……ありがと」

 少しだけ悲しそうな顔、声色でそう告げられた。一度取ったマフラーを再び巻き直して「じゃあ僕帰るね」と背を向けたまま呟いて彼は歩き出した。
 パタン、と扉が閉まる音がして、私はそのまま立ち尽くしたまま動けずにいる。このままでいいのか、私は後悔しないのか、せっかく渡すまで行ったのに、そう考えていたら自然と足が動いてお店の施錠もすることなく私は駆け出した。


「トド松くんっ!!!!!」
「!?」

 ゆったりと歩く彼に、全速力で駆け寄る。ハァハァと肩で息をしていると「そ、そんなに慌ててどうしたの」と声がかけられた。……言わなくちゃ、私が思っていること、全部。

「私っ、嘘ついてました!そのチョコレート、渡せなかった相手なんていません!トド松くんにあげたかったんです!……変な嘘ついてごめんなさい!ずっと、トド松くんのことが好きでした!」

 周りの人とか、トド松くんへの配慮とか、そういうの全く考えずに自分の中のものを伝えた。おそるおそる顔を上げてみると嬉しそうな顔をしたトド松くんがいて、ふにっと柔らかいものがあたった。

「僕も羚ちゃんのことが好きだよ」

 ふわりと口の中に広がるチョコレートの味に、「私のチョコレート食べてくれたんだ」と感じてとても嬉しくなった。

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