Platonic Veil




 私が彼を見かけるようになったのは、つい最近だ。気分転換に河川敷を散歩していたら、大きく「さんぜんひゃくじゅうし!」「さんぜんひゃくじゅうご!」と叫んでいる声が聞こえてきた。なんだか気になって近くまで寄ってみると黄色の野球ユニフォームに身を包んだ男の子が素振りをしていた。近寄っている間に3150ほどまで進んでいて、ものすごい勢いで素振りしているんだなあ、と素直に感嘆したのち、どのくらいまで素振りをするのかという疑問が浮かんできて、しばらく眺めていた。8000を過ぎたころにはすっかり空が茜色になっていて、その日は用事もあって帰った。
 その次の日も、次の日も彼はずっと河川敷で素振りをしていて、私もこれる日は河川敷に行くのが日課になっていた。未だに声をかけられずにいるけど、楽しそうな彼を見ているだけでかなり気分転換になる。だから、雨の日なんか物足りなくて仕方ない。

「……なんであんなに楽しそうなんだろう」

 彼はいつも一人だけど、楽しそうに笑ってずっと素振りをしている。疲れた様子は微塵もなくて表情もスピードもずっと変わらない。ただひたすらに不思議だった。
 ちょっとした興味は、どんどんと積み重なって、私は彼に声をかけてみたくなった。でも、ずっと河川敷で見かけて気になってました、なんてストーカーみたいで言うのが怖い。怖がられて距離を置かれてしまうかもしれない。見れなくなるのは嫌だった。

 目についたのは、カレンダー。2月11日という数字を見て、ピンときた。もうすぐでバレンタインなわけだ。そこで便乗してさりげなく渡してしまえば完璧なのではないんだろうか。若干の不安は残るものの、差し入れ的な感じで渡そうと考えて私は材料を買いに行った。



 2月14日はあいにくながら雨だった。サァサァではなくザァザァといった具合の大降りでこの調子じゃ名前も知らない彼(帽子の松から松くんと呼んでいる)も、いないだろうなと思った。だからといって家でじっとしているのも億劫で、傘を持って家を出た。濡れないようにチョコレートは袋に入れて、歩き始めた。
 いないだろう、と諦めていた。期待なんて微塵もしていなかったのに、河川敷を覗いてみると彼はずぶ濡れで素振りをしていた。今までの思考回路なんか全部放り投げて、慌てて彼に近寄った。

「か、風邪ひいちゃいますよ!」
「え?きみだあれ?」
「急にごめんなさい、でも、あの……」

 いつも素振りしてる姿見てました。とだけ言葉を吐く。すると「えーー!?まじで?!嬉しい!」にぱぁと笑う。不覚にもきゅんとしてしまって、右手に持った紙袋を彼に押し付けるようにして、私はこう言葉を吐いた。

「チョコレート、もらってください」
「え???」
「ど、毒とかは入ってないです!」

 ああ、そっか!今日ってばれんたいんだね!ありがとー!
 はつらつと言葉を発する彼にドギマギしながら、「私は、羚と言います。よかったらまた遊びにきてもいいですか」消え入りそうな声で呟いた。「え??うん!!!もちろん!!!一緒に野球しよ!」ぎゅ、と手を握られぶんぶんと振られる。「あ、僕は松野十四松!よろしくね!」
 傘の中、私一人だけが林檎みたいに真っ赤で、「僕馬鹿だから風邪ひかないんだ!」と言って傘から抜けて素振りをし出した十四松くんは全然へっちゃらそう。どうしてかすごく泣きたくなって、雨音に包まれる中、静かに泣いた。胸は温かさでいっぱいだった。


 すぐに打ち解けて私から告白をするのはそう遠くない未来。

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