Like from Love
松野一松という存在を、私はよく知らない。知っていることと言えば、六つ子ってことくらいで、同じ学校の顔見知り程度のはずだった。
「(……あ、まただ)」
最近、彼とよく目が合うようになった。すぐに目を逸らすときもあれば、しばらく見つめ合っているときもある。別に不快なわけではない。ただ、不思議なだけで。
本当に私たちは同じ学年というだけのなんの関わりも持たない他人同然のもので、どうして目が合うのか、その理由すらわからない。「気があるのかも?」なんて勘違いを起こせないくらいに彼は人を寄せ付けない雰囲気で、その象徴とも言えるのがマスク。真っ白で大きなマスクで顔を隠す彼は人を拒絶しているように思える。眠たげなその瞳でこちらを見られると、どうしていいのかわからない。
「うーん」
「ん?どしたの」
「いや、ちょっとね……」
「ははーん、好きな人でもできた?」
「えっ、そんなのじゃないよ」
ニヤニヤとした表情を浮かべ小突いてくる友人をよそ目に、いまだにこちらを見つめている松野くんに視線を送る。するとマスクをほっそりとした指で外したかと思うとにたりと口角を上げた、のちゆるりと口を開いて閉じてを3回行う。「お」「い」「で」?彼はおいで、と言ったのだろうか。私は体の制御ができず、誘われるがままに彼の方へ歩いていく。友人の声が遠くのように聞こえる。なんだか私が私じゃないみたい、と思った。
「あ、本当にくるんだ」
「……あの?」
「僕、松野一松」
「へ……?し、知ってます」
「あれ、知られてた。意外」
思っていたよりも低めの声で、それはもう気怠げに言葉を吐いている。緊張でぐるぐると目が回って息がつまる。倒れてしまいそう。
「僕と、仲良くしてよ」
ほっそりとした手で私の手を絡め取って、人の悪そうな笑顔を浮かべながら彼は「仲良くしてほしい」と言った。一人称が僕なんだ、と驚いたことなんかよりも「仲良くしてくれ」と言われたことに驚いてしまって、その日一日はずっとどこか遠いところへ飛んでしまったみたいだった。
■
2月14日が近くなった。学校も色づきだして、男子も女子もみんなそわそわ。私の友達もやけにそわそわしていて、きっと好きな人ができたんだなあ、と勝手に思った。私はと言えばどちらかというと非バレンタイン派なので素直に喜ぶことはできない。それはつい先日仲良くなった松野くんも一緒なようで。
「……バレンタイン、ね」
ひひっと鬱屈した雰囲気を隠そうともせず彼は小さく体育座りをして震えている。寒いのならもっと重ね着をすればいいのに、パーカーと学ランだけのポリシーがあるらしい。それならば寒さを我慢する、と強く言われたのはとても最近だ。
「松野くんはバレンタイン、嫌い?」
「別に嫌いじゃないよ、ただもらう機会がないゴミだから悲しくなるだけ」
彼のこういう卑屈を聞くたびに、ちくりと胸に痛みが走る。理由は不明。私にも刺さる部分があるから、だと勝手に思っている。
「(チョコレート、あげたら喜ぶかな……?)」
友達として、あげるくらいはいいんじゃないだろうか。
そう言い訳をして、今日の放課後にでも材料を買いに行くことにした。非バレンタイン派だったのに、バレンタインという行事にワクワクすることが初めてで、なんだか小さな眩暈を覚えた。
「(最近の日常が少し眩しい気がするのは、なんでなんだろう)」
私はまだ、その答えを出せずにいる。
■
2月14日、その日はいつも憂鬱だったはずなのに、なぜか少しだけ高揚感があった。それは鞄の中にひそませたチョコレートと密接に関係していて、今だけは女の子になれた気分だ。松野くんは、受け取ってくれるだろうか。そのことばかりを考えていたらいつの間にか学校で、周りは黄色い声で騒々しい。早々に準備をして鞄から紫色の小さな箱を手に取って空き教室へ足を早めた。
「松野くん」
「……?ああ、きたの」
「いるんじゃないかと思って」
「まあね。周りが騒がしいし」
みんなよくやるよね。毎年毎年さ、なんで飽きないのかな。
いつにもまして饒舌に、しれっと毒を吐く彼に、またちくりと胸が痛む。「どうせ僕はもらえないし。もらうつもりもないし」。ギュゥと箱を握る手に力がこもる。まだまだ止みそうにない彼の元へ歩み寄って、口元に思いきり箱を押しつけた。驚いて言葉が出せずにいる彼に向かって
「私、一松くんのことが好きみたい!これ、もらって!」
まくしたてるように言葉を並べ、押し付けたものから手を離す。同時に空き教室から走って逃げた。恥ずかしさで居たたまれなくなったから。
毎年毎年飽きないよね、と言っていた彼の口から「何年経ったって好きな人からのものは嬉しいね」と聞けるような関係になるまで、あと少し。
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