Break Air Relation




 人はこれを、不毛な恋とでも呼ぶのだろうか。手を繋ぐわけでもなければ体を重ねるわけでもない。言葉も交わさない。ただ彼に体を預けてその温度を感じる、いわば空間を楽しむような、そんな雰囲気。私は別にこの思いを彼に告げるつもりもない。この距離感が心地良いのだ。自ら崩す馬鹿はそうそういない。無理しなくても、強がらないでよ、なんて言葉もいらない。私は無理も強がりもしていない。不毛だと、愚かだと笑えばいいのだ。それであなたたちが満足するなら。
 いつもと何も変わらない仕事帰りの道、そこに小さな変化があった。ふと目に留まったのはピンクと赤と茶色で彩られ、バレンタインと書かれた一角。ピンクを基調に白と赤のリボンがちょこんとついたハート型のチョコレートを見て素直に可愛いと思った。気が付けばそれを手に取ってレジに向かっていた。あれ、どうしてこんなの買うつもりなんだろう。毎年興味ないふりして、そっぽ向いてやり過ごしてきたというのに。

「……たまには、ね」

 きっと受け取ってはもらえないだろうけど、それでもいい、いいんだ。自分の気持ちを押し込めるのは、押し殺すのは得意分野だから。今までもそうやってずっと生きてきたから。なにも望むことはない。


 今日は珍しく、言葉を交わした。手を繋がれた。視線は合わせてもらえなかったけど、声を聞けただけで物凄く嬉しくなった。「最近機嫌よくね?」「どしたの」「お兄ちゃんに言ってみ」。優しい声色に包まれてると思うだけで幸せ。こんな声だっただろうか、あまりにも聞かない時間が多すぎて忘れてしまった。このことは言わないでおこう。「機嫌はいつでもいいよ」「松野くんこそどうしたの」「話しかけてくるなんて」。本当に珍しいもので、まだ返事があった。会話することもレアなのに、二言以上続くなんて。「俺ってよく喋るんだぜ」「静かだと違和感あるだろ」「……わかんないって顔してる」。
 本当に、わからない。
 なんでこんなに言葉を交わすのか、理解が追いつかない。言葉を返せないまま、いつもの、言葉を交わさない手を繋がない呼吸だけが聞こえる空間に戻ろうと必死にもがいたのだけれど、それは彼によって軽々と壊されてしまう。

「羚って、俺のこと嫌い?」
「無視しないでよ、悲しいじゃん」
「ねえねえねえー」

 今まで合わせなかった視線でさえ、強制的に合わせられてしまう。「俺のこと嫌いなら嫌いっていってよ」「今日は特別な日なんだぜ」、真剣な顔でいつも彼の体温を感じていた肩を掴まれる。くっついているよりも遠いはずなのに、一緒に過ごしてきたどの時間よりも近い距離にドギマギして呼吸が上手く出来ない。

「2月14日、何の日か知ってる?」

 「あれ?もしかして本当に知らない?!」と焦り出す目の前の彼を見て「知らないわけがないのに」。心中でそう思う。この日のために、というわけではないけど渡そうと思って買ったものだってある。がさりと鞄からチョコレートを出してそっと彼に渡す。

「バレンタイン、だよね」
「んー、まあ、そうだね」

 チョコレートを受け取ってやけに嬉しそうに彼は歯切れの悪い言葉を残す。それがやけに私の心に引っかかって、つい不機嫌に彼に「違うの」と尋ねた。途端に嬉しそうだった顔を何倍にも嬉しそうにした彼は、「知りたい?」とにたにた笑って聞いてくる。

「知りたい」

 そっか、じゃあちょっと待って。チョコレートの包み紙を見た目とは裏腹に綺麗に開いてハート型になった箱を開く。数粒のチョコレートの中から一粒適当にとって口に含んだかと思えば、ぐんと顔を近づけられて唇が重なった。突然のことに混乱していた隙に無理矢理口を開かれチョコレートがねじ込まれた。やけに甘いそれは、今の私たちの関係とは程遠いものだと感じた。


「今日は、俺たちが恋人になる日」

 数日後、私の愛用カレンダーの2/14の欄にハートマークと記念日と言う文字が追加されたことはまだ、誰にも内緒である。

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