レンタル彼氏 | ナノ

Osomatsu Matsuno

「レンタル彼氏、かぁ」

 そう呟いて机に突っ伏せる。目の前に置いてある札入袋の中には30万近いお金が入っている。なぜ私がこんなお金を持ち歩いているかって?え、お嬢様?ないない。ただの一般庶民です。なぜかと言えば、お金を騙しとられそうになっていたところをギリギリで留まった感じです。私には彼氏がいました。はい、過去形です。その彼氏にこの間「30万くらい貸してくんね?」と頼まれ、断らずに貸そうとしました。しかし彼氏から誤送信で「名前ってほんとチョロいわ〜。A子、一緒に旅行行こうぜ(ハート)」というメールが送られてきました。A子というのは彼女のプライバシーのために伏せましたが、まあこういうことなんです。

「……男運、ないなあ」

 そうなんです、私はこれが1度目じゃないんです。過去にも2、3回こういう経験があります。でもなぜかお金をとられる前にバレてしまって大損をした、というわけではないんですけどね。
 そんな私を見かねてか、仕事の同僚が私にレンタル彼氏というものを勧めてくれた。「そのお金も本当はなくなってたのと同然でしょ。だったら一回でいいからレンタル彼氏、利用してみたら?」なんて言われてしまった。

「レンタル彼氏かぁ……」

 再び、呟く。同僚は律儀に電話番号とチラシまで私にくれた。何気なく手に取ってレンタル彼氏の一覧表を見てみた。

「え、六つ子……?」

 一覧表には、イケメンと呼ばれるような人から身近にいるような雰囲気の人まで様々だったけれど、一際異色を放っていたのは六つ子と大きく書かれた松野さんだった。

「おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松……」

 顔もだけど、名前までも似ているらしい。六つ子なんて絶対に関わりがないだろうからなあという考えが頭に浮かんできて、珍しいものなら頼んでみようかな、と思ってしまった。携帯を手に取って電話番号を入力してコール音を聞く。

『はい、こちらレンタル彼氏です。ご予約でしょうか?』
「は、はい」
『新規の方でよろしいでしょうか?』
「そうです……」
『それでしたら、会員証をお作りします。個人情報をいくつか聞かせて頂きますが個人情報を言えるような環境でしょうか?』
「はい、大丈夫です」

 氏名、電話番号、携帯メールアドレス、住所、生年月日を聞かれ、私はひとつひとつ間違えのないように答えていく。相手の方が女性だったのが幸いか、あまり緊張せずに済んだように思える。保留中の音楽が耳元から消え、再び先程の女性の声が聞こえる。

『会員証のお作りが完了致しました。それではご予約のお相手を教えて頂いてもよろしいでしょうか』

「松野おそ松さんでお願いします」

 お金には余裕があるから、六つ子をひとりずつ指名していこうと考えたのだ。そんなこんなで数日後には松野おそ松さんとデート(仮)をすることになった。



「お待たせっ、指名ありがとう!松野おそ松でーす!」
「こんにちは」
「デートの内容はどんな感じがいい?」
「おしゃべりがしたいです。素の松野さんを知りたいなあ、と思って」
「そっか。了解!んじゃーまずは俺に敬語は使わないこと!」
「え?でも」
「そんなんじゃ俺が彼氏しづらいでしょ〜!気楽にいこうよ」
「わ、わかった……」
「行きたいところはある?」
「ううん、ないよ」

 実際に見てみると、チラシよりも可愛らしい雰囲気だった。たぶん、私と同い年くらいだと思うんだけどなぜか小学生くらいの子を思い浮かべる。失礼かな、なんて思いつつもにこっと笑う顔がまさに子供っぽくて。

「愚痴ってもいい?」
「ん、全然」
「ありがと。ああーお酒飲みたい!」
「んー、じゃあさ」
「うん?」
「お酒買ってきみの家で飲まない?」
「そうだね、それがいいかも」

 正直、初対面でお家に呼ぶなんてかなり非常識かもしれないけど、そこはレンタルだから目を瞑ってもいいと思う。それに空が明るいうちからお店でお酒を飲むのは気もひけるし。

「きまり!じゃ、行こう!」

 それに確か、性的なサービスとかはレンタル彼氏側から拒否をされるみたいだし、大丈夫だよね。と納得し私は彼の後を追う。


「俺らをレンタルするくらい滅入ることでもあったの?」

 他愛もない会話を交わして、お酒も入り出来上がってきた頃、彼は私にそう聞いてきた。んー、と。

「引かない?」
「聞かないとわかんないよ」
「あは、そうだね!あのね、おそ松くんをレンタルするのに使ったお金、本当は彼氏に騙しとられそうになってたお金なの」
「ま、まじか」
「私、男運がないみたいでね、今回の彼氏もそうだけど前の彼氏も同じことがあったり、最初の彼氏なんかにはDVされるし、散々でね」
「本当かよ。俺、六つ子で長男なんだけど弟にクズとかよく言われるけどさ、そいつらよりは全然マシだから!安心して!」
「そうなんだ!ふふっ、でもレンタル、でしょ」
「んーまあそうなんだけどね」

 これまでの経緯を彼に話すと大変だったな、と頭を撫でてくれた。あ、なんかいいな。こういうさりげないスキンシップ。

「つか、いくら騙しとられそうになったわけ?」
「んー、30万くらい」
「は!?マジかよ!危なすぎ!」
「そう?」
「そう?って、危機感なさすぎだろ!」

 目を見開いて心配する姿はさながら彼氏のようだ。本物じゃない分だけ割り切れるし居心地が良いっていうのかな、こういうの。

「私は、本当に好きだったから、いいの」
「名前……あのさ」
「はーい?」
「俺と会うのにも金はいるけどさ、話くらいなら聞くし。辛かったら頼れよな」
「ふふ、うん」

 長男らしいなあ、なんてふにゃふにゃの頭で思う。そういえばそろそろ終了時刻の5時間か、と現実味を帯びた考えがよぎる。
 さよならをするのが寂しいから、なんて逃げるのはズルいだろうか。でも、本当に寂しくて彼に迷惑をかけるわけにはいかない。……寝てしまおう。寝て起きたらいつもの現実だ。

「ねえ、おそ松くん」
「ん?」
「私、眠いから少し寝るね。終了時刻になったらお金置いてあるから持って帰って、ね」
「んー、うん」
「……おやすみ」

 ばいばいも言えない客なんて、彼らはどう思うんだろうか、とか考えたけどとろりとした睡魔が思考力さえも奪っていって、私の意識はゆっくり消えていった。

「ばいばい、名前」

 ちゅ、と額に温かいものがあてられたことに気付かないまま。


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