Series | ナノ

最後だからって変わらないで。


 僕には、彼女がいる。僕は小さくてふわふわしてていかにも女の子、みたいな子が好きだったりするんだけど、彼女は理想とはかなり離れている。傍若無人で気が強くて我儘。付き合ってから何度僕が振り回されたかわからない。もちろん好きだから僕自身も嫌な気持ちなんてなかったし、受け入れてきた。でも、なんだか最近、どす黒い何かが心の底に渦巻いている気がしてならない。気付いてはいけないような、そんな感じ。贅沢な悩みと言われたらそれで終わりかもしれない。

「ね、トド松、あそこいこうよ!」
「また?」
「ダメ?」

 初デートのときに見せてくれた顔をなんら変わりない顔。初めて見たときはとてもドギマギしたのを覚えている。ちくり。胸に痛みとどす黒いものが増した。ような気がする。「早く行こう」と手を引く彼女に引きずられるようにして訪れたのは庭園だった。庭園と言っても公園が少し豪華になったレベルのものであって、お金がかかるところじゃないから僕らはよくここに訪れた。彼女は花が好きで、自宅でも園芸をしているので僕によくLINEで写真を送ってくれる。

「……?どしたの?」
「あ、ううん。なんにも」
「へんなの」

 怪訝そうに眉を顰める名前ちゃんに苦笑いを返して、僕はスマホに目を向ける。トーク名には別の名前の女の子。なんていうか、こういう子が僕にとっての「理想」なんだよなあ。なんて考えると罪悪感と背徳感でいっぱいいっぱいになった。どうして僕は彼女とデートにきているのに他の女の子とトークをしているのか、わからない。……本当は、きっと、いや絶対にわかっている。それをまだ、口に出す勇気がない。それだけだ。


「別れよう」

 そう言えればどれほどいいことなんだろうか?僕は、楽になれるのか。彼女と一緒にいることで、僕に何か変化はあるのだろうか。わからないことばかりは重なって嵩張って。

「トド松」

 ふいに名前ちゃんは僕の名前を呼んだ。顔をあげれば少し不機嫌そうに拗ねた顔がそこにあった。

「座ろ!」
「え?」
「はやくはやく!」

 ああ、また彼女のわがままだろうか。いつだって僕は振り回されてばかりで、きみは、僕をどうしたいのか。それがわからない。楽しいとも思えなくなってしまったことを伝えたらきみは、どう思う?

「……名前ちゃん」
「うん?」
「あの、さ」
「うん」


 バクバクと心臓がうるさい。声を出そうとすればするほど激しくなって自分の脈音以外聞こえなくなる。彼女の顔以外が真っ白で、なんの音も聞こえない。……どうして僕はこんなに緊張しているんだ。わからない、なにも。

「別れよう」

 やっとの思いで言葉を発した瞬間、真っ白だった景色が色づいた。なんだか彼女の顔が見えなくて、ぎゅうと痛いほどに目を閉じた。
 シミュレーションをする。彼女なら、どういうのかを。「なんで急に?嘘だよね、嫌だよ、嘘だって言ってよ……」と泣き崩れるのだろうか。「……え?」なにも言えなくなってしまうのだろうか。「意味わかんない!絶対やだ!」怒り出すのだろうか。たくさんの予想が頭をよぎったが、実際はどれも不正解だった。


「……わかった」

 にっこりと笑って、名前ちゃんはそういった。僕は拍子抜けをしてしまって、名前ちゃんが去った後もしばらく棒立ちのままだった。何に肝を抜かれたのかわからない。名前ちゃんの最後に見た顔が笑顔だったことか、それともすんなりと僕の別れを受け入れたことか。たぶん、両方ともだと思うけど。

「あれ、おかしいな……。なんで、涙なんか……」





 名前ちゃんと別れてから、2か月近く経った。人当たりもよければ世渡り上手な僕は、それなりにモテるわけで、一番仲が良かった女の子に告白をされ断る理由もないので付き合うことになった。付き合ったところで僕になにか変化があったかと聞かれれば全くないしむしろ滅入る一方。我ながらクズを極めていると思う。

「トド松くん、今日はどこに行く?」
「んーどこがいい?」
「トド松くんに任せる〜」
「えー、うん。じゃあ……」

 適当に女の子が喜びそうな場所を選んで彼女に伝える。「え!そこ行きたかったの!なんで知ってるの?」なんて言うけど僕はツテで知り合った女の子たちから話題のカフェを聞いたまでである。もちろん彼女を喜ばせる気など全くといっていいほどなかった。


「今日もありがと、トド松くん!」
「うん、またね」

 彼女とデートすると、彼女は自分から財布を出そうとしない。半分出して?と言えばいやいや出してくれるような、奢られるのが当たり前というようなそんな感じ。


「(ああ、しんどい)」

 もういっそ、別れを告げてしまおうか。しばらくは独り身の方が楽かもしれない。むくむくとその気持ちが大きくなってしまうと自分を御するのが下手くそな僕は行動に移してしまう。スマホを手に取って、トークを開く。待ち合わせ前のラインが届いていて僕が既読のまま返信をしていない状態だ。「いきなりでごめん、別れたい」と無感情に打ち込んで送信をした。それはすぐに既読がついて、「え」という返信と共に僕の感情をなおさら冷徹にした。「なんで、?私、なにかした?」「わかんない、やだ、別れたくない」。これが、名前ちゃんだったらどうだったのか、そんなことを考えている僕はどう考えてもゲス。フッ、と嘲笑を零して「ごめんね」とだけ返す。もう、会うことはない。
 それから、僕は気分ではあるけど画像フォルダで写真を見ていた。カメラで撮った写真は名前ちゃんとばかりで。他の女の子はツーショットはおろか大人数で映っているものすらない。一緒に遊園地に行った写真、温泉に旅行へ出かけた写真、料理と決めポーズで笑っている写真、どれもこれも昨日のように思い出せる。どうして僕は、こんなに大きなものを簡単に手放してしまったんだろう。
 ポタリ、ポタリと画面に雫が落ちて広がる。視界はすでにぐちゃぐちゃで写真どころではない。大切なものは失ってから気付く、なんて言葉が憎たらしいほど今の僕にはピッタリだった。その日はらしくもなく大声をあげて泣いた。

 夢を見た。名前ちゃんとデートに行った日のこと。名前ちゃんは僕が遅れてきても「待ってるのも楽しいから」とにこやかに笑った。そんな名前ちゃんに僕は胸を打たれて余計に好きになった。数回目のデートにも関わらず、名前ちゃんは僕の分のお金を嫌な顔ひとつせず払っていた。申し訳なくなって、ネックレスを贈ったら大きな目から小さな涙を流して喜んだ。安物を買ってしまったことを後悔した日だった。それからというもの、名前ちゃんはそのネックレスを必ずつけてきて、指摘をすると照れくさそうに「宝物」と笑う。そんな顔が見たくて毎回ネックレスの話題を出していたっけ。最近は、全く出していなかったな。ネックレスもつけてきていたのか曖昧なところ。名前ちゃんのことだから絶対につけてきているんだろうけど。


 顔に射す光で目が覚めた。夢の内容はハッキリと覚えていて、起きて第一に思ったのは「我儘なのは、僕だったじゃないか」。

 名前ちゃんは我儘なんかじゃない。至らない僕を引っ張ってくれたから、至らない僕は名前ちゃんが我儘に見えただけだ。傍若無人でも、気が強いわけでもなかった。最後まで僕を愛してくれていたんだ。

「ごめんね」

 今さら後悔したって、遅いのに。
 僕は心の底できみを探している。

#夢松版深夜の創作真剣勝負:お題「わがまま」


MENU


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -