Dreamy Twinkle | ナノ

女子大生とニートの日常

「はぁ……」

 本日何度目かわからない溜息をつく。手には消えかけた文字でひなたと書いてあり、さらに溜息が深くなる。あのときフリーズしてしまった自分を呪いたい。なんでフリーズしたかと問われればただ単に驚いただけです。特別な理由なんてないよ。
 めるちゃんはちゃんとファンをファンとしてだけでなく人間として扱っているんだ。売れてしまえばそんなことは言っていられないかもしれない。でも、僕をちゃんと覚えていてくれてまたきてねって言ってくれた。握手会の一人ではなく、個人として。

「ねえ、チョロ松兄さん自分の手をずっと見つめて溜息ついてるんだけど」
「怖いよな〜!童貞拗らせるとああなんのかな?」

 トド松とおそ松兄さんが僕になにか言ってくるけど、今はそれすらも気にならないレベルで僕の頭の中はめるちゃん、いやひなたちゃんでいっぱいだった。
 気付けば彼女は既にそこにいなくて僕は少しだけ寂しい気持ちで帰ってきた。気付いたら彼女がいないというのはこれで2度目だ。彼女を初めてみた日から、らしくもなく僕は彼女ばかりを見つめていた。普段だったら興味が沸くわけでもないアイドル。でもたぶん僕は彼女の内面的な魅力に惹かれたんだと思う。

「ひなたちゃん……」

 どうして僕の手にひなたという文字を書いたんだろう。考えれば考えるほどわからなくなって、考えれば考えるほど自惚れてしまう。もし、このひなたという名前が彼女の本名だったら、もし彼女が僕以外に教えた人がいなかったら、もし僕に少しでも気があるんだとしたら。単なる童貞の妄想かもしれない、でもそんな童貞の僕には甘すぎる優越感に、ただただ浸るしかできない僕は、やはり兄弟同様クズなんだと思う。
 携帯を手に取って、LINEを開く。ライブでやTwitterなどで知り合ったにゃーちゃん好きの人と毎日のように交わしていたトークは数日前に僕の方から未読のまま返事をしていない。正確に言えば、できない。にゃーちゃん一筋だったはずの僕に、彼女という突然すぎる衝撃にお粗末な頭が処理をしきれていないんだ。彼女でいっぱいいっぱいだから、にゃーちゃんの愛を語り合う余裕がない。こんなところも童貞臭くて泣きたくなる。

「ゆめさきらんど、っと」

 彼女の公式HPを確認する。ライブ情報などは公式HPで更新されるため、毎日欠かさず確認するのが僕の最近の日課になっている。「めるにめーる」と書かれた部分をクリックしてはブラウザバックして、を何度か繰り返すのも日課になってしまった。彼女が更新している可能性は低すぎるからメールを送る勇気もない。ましてや個人的なことなど聞けるわけもない。勇気の出ない自分が恨めしい。

「明後日にいつものライブハウス、か」

 めるちゃんがステージに立つのは多くない。週に2回あれば多い方だ。少ないときは週に1回もない場合もあるらしい。携帯のスケジュールを開いてその日にバイトのシフトが入ってないことを確認してから一緒に行く友人にメールを送る。いつものように集合場所と時間だけを書かれた簡素なメールを記憶に仕舞いこんで僕は腰を上げた。バイトの時間だ。準備して出かけなければ。
 兄弟には秘密にしているが、僕は本屋でバイトをしている。アイドルを追いかける身のため家族からもらうお小遣いではやはり無理がある。なぜ秘密にかと言われれば唯一の収入であったお小遣いをなくすのは困ること、兄弟に荒らされ辞めさせられるのは癪に障るからだ。僕には僕なりのプライドがある。所詮クズだけど。

「でかけてくる」
「おー、いってら」
「最近よく出かけるねチェリー松兄さん」
「チェリー松って呼ぶな!」
「も〜!カリカリしないの」

 きゅるん、とこちらを見つめてくる末弟を一瞥し、カバンを手に取って家を出る。バイトの時間までに間に合うかギリギリなところで、慌てて駆け出す。別に大きなところじゃないから多少の遅刻は目を瞑ってもらえるが、自分が遅刻をしたくないタイプなので多少のダッシュは仕方がないと思う。


「失礼します」
「ああ、松野くんかい」
「はい」

 小さな書店なので店員も多いわけじゃない。今日は僕一人で十分なくらいの人数しか来ておらず、店長のおじいさんに声をかけて交替した。少し首を動かせば見渡せるほどの広さで、僕は暇を持て余す。混むということがあまりないので適当なところから本を取って読んだりすることもある。
 カラン。人が入店する音が聞こえる。顔をあげて入ってきた人を見て、僕は不覚にも硬直してしまった。もう二度と見間違えない、彼女は夢咲めるちゃんだ。頭の中で期待と興奮が入り混じって変な汗がだらりと伝う。激しい混乱に襲われながらも、彼女を見つめることはやめない。彼女は何度か同じ場所を行き来し、一冊本を手に取ってレジへ向かってくる。本を置いて、声を出した瞬間、

「……へ」

 彼女の目が、見開かれた。


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