「−−−−−−−?」
「−−−で、−−−−−−」
比較的、玄関から遠い位置にある私の部屋では最初の声しか聞こえなかった。かろうじて語尾が聞こえるレベルの会話をしばらく繰り返したと思ったら、足音が近づいてきた。自然と体が強張る。しかし、足音は止まることなく私の部屋を通過していった。
同時に手の中の携帯電話がブブブ、と震える。着信はおそ松さんからだった。慌てて通話ボタンを押すと「よ、俺、おそ松だけど。今出れる?」と呑気な声でそう聞かれた。「大丈夫です」そう答えて電話を切った。音を立てないようにおそるおそる扉を開けて忍び足のまま家を出た。
「……さむっ」
もうちょっと厚着してこればよかった、と早速後悔した。
はあ、と白い息を吐きながら階段を下りてエントランスへ出るとパーカーと同じくらいに鼻を真っ赤にさせたおそ松さんが花壇に腰掛けていた。こちらに気付くと屈託なく笑顔を浮かべて、「よ!待ってたぜ」白い息と共に投げかけられた。
「寒そうですね」
「人のこと言えないだろ」
「ちょっと後悔してます」
「ばーか」
ん、と差し出された手をしばし見つめて、ドギマギしながら自分の手を重ねた。するとさきほどのように屈託のない笑顔をこちらに向けて浮かべるので気恥ずかしくなって視線を逸らした。手と手を繋いでいるだけなのにやけに体温があがって、温かいを通り越して熱くなった。
「もう怖くない?」
「……まだ、少し」
「そっか」
「あの、お話聞いてくれますか」
「うん、てかそのつもりで来たからね」
どくり。心臓が嫌な音を立てる。ああ、どうしたって私は自分が第一で人に嫌われるのがとてつもなく怖いんだ。拒絶をされるのが嫌、受け入れて欲しい。でも、そんなこと叶わないって知ってるのに、どうしてぬくもりを求めてしまうんだろう。
「今から話すこと、全然綺麗じゃないです。引いちゃうかもしれません」
「うん」
「それでも聞きたいですか?」
「雛子は、俺がお前を嫌いになると思ってるの?」
「思わざるを得ない内容、ってことです」
「ふーん、ま、聞かせてよ」
「……はい」
私は今、17歳なんですけど、私が14歳のときお父さんとお母さんが離婚したんです。私はお母さんに引き取られて数か月後にお母さんが再婚しました。今のお父さん、です。その人は私のことを「お母さんの娘」だなんて思ってませんでした。……その人、私を女として見てるんです。性欲処理みたいな、そんな行為を繰り返す日々が3年間、今も続いていて。こんなことお母さんにも言えないじゃないですか。だからって友達とも呼べないような間柄の子に重苦しい話なんてできないし。いっそ死ねばいいんじゃないかって思ったんです。このことは、誰にも話すつもりがなかったですから。
「……ごめんなさい、こんな話聞かせてしまって」
「…………」
ぐいっと手を強く引かれ、私は思わず前のめりになる。慌てて顔をあげると怒っているような悲しんでいるような表情のまま歩き出すおそ松さんの姿。なすがまま連れていかれた先は私の家だった。
「お邪魔しまーす」
「?……また君か」
「俺ー、松野おそ松って言いまーす。櫻城雛子さんのこと攫いにきましたあ」
「……は?」
服適当に鞄に突っ込んで、とだけ言われて部屋に押し込まれる。自分の部屋ながら右も左もわからない状態のまま大きめの鞄を取り出して、下着から服やら必需品を詰め込んだ。部屋の外では言い争う声が聞こえる。きっと、意味のない押し問答を繰り返しているんだと思う。
もう、この家には帰れない気がした。