「じゃー俺行くわ」
その後、他愛もない会話を交わしてしばらくしたころ、彼はそう言って立ち上がった。どことなく寂しさを感じながら「付き合わせてしまってすいません」と言うと、「いやいや俺だってどうでもいい子に付き合うほどお人好しじゃないよ」とにへらと笑われて告げられた。そんなことを言われてしまっては、私だって少しは自惚れてしまう。自然と距離が空いたのがひどく寂しくて、わたしは思わず彼のパーカーの裾を握っていた。
「え、ん?どした」
「……もしよかったら」
「?」
「また、会ってもらえないですか」
困った反応、もしくは断られたら素直に諦めよう。でもおそ松さんが、受け入れてくれるならば私は、彼に少しだけ頼りたかった。温かみが、たとえ彼にとっては小さなものだったとしても、その小さな温かみがすごく嬉しかったから。
「全然いいよ」
「!ほ、本当ですか」
「そんなくだらない嘘つかないって」
連絡先いる?そう聞かれて私は迷うことなく頷いた。するとなにがおかしいのかおそ松さんはまたケラケラと笑う。よく笑う人だなあ、なんて思っていると
「そんな食い気味に頷くなんて、もしかして俺に惚れた?」
「ほ!?ほ、惚れてないです!」
「なんだ、残念」
じゃ、なんかあったらこれに連絡して。俺いつでも暇だからさ。
手渡されたものは乱雑に文字が書かれた紙だった。@マークの後ろに見覚えがあることから、かろうじてメールアドレスとわかったが解読するのには時間がいりそう。下に数字が書かれているのは電話番号だろうか。どちらとも間違いのないように丁寧に登録をして、簡素なメールだけ送信した。「登録しとく」とだけこれまた簡素なメールだったけど、あまり経験がないのでそれだけでもなんだか楽しかった。
■
「なあ」
「はい」
「なんで俺が近づくとそんな震え出すわけ?」
「え、あ……」
無意識のうちに拳を握って震えだしていた手を見て苦笑を漏らす。これじゃあまるでおそ松さんとあいつが同類みたいだ。人に話すなんて、絶対にないものだと思っていた。どうせなくなる命のつもりだったから、墓まで持っていくものだと。でも、このままひた隠しにして彼に嫌な思いをさせたくはない。
正直、思い出すだけで体が強張って震えが止まらない。きっと、忘れようにも忘れられない呪いのようなものだ。これからさき、生きていくうえでずっと縛られ続ける。こんなことを知られてしまったら、きっとどんなにいい人だって私を軽蔑の目で見るに決まってる。そうわかっているから。
「……ごめんなさい」
「俺が怖い?」
「ち、違います!怖くないです!」
「じゃあなんで?」
「今は、まだ言えないです、ごめんなさい」
彼に嫌われたくない、だから言いたい。でも言っても嫌われてしまうときは、どうすればいい……?
そんなの、わかるわけがない。矛盾が大きすぎて頭が、感情が追いつかず私は気付いたら涙を流していた。
「ちょ、え、なんで泣くの?!」
「か、感情が、ぐちゃぐちゃで……ぐすっ」
落ち着けよ、とオロオロする姿に申し訳なさを感じるけど、でもどうやらすぐに止まる気配もなかった。ごめんなさい、ごめんなさいとしか言う他なくてそれからしばらく落ち着くまでずっとおそ松さんは人ひとり分空けた場所に座っていてくれた。
「まあ、さ」
「え……?」
「俺は雛子よりも大人だぜ。同等な感覚でいるのやめてくれよな」
「……?」
「そんな謝んなくていーの。甘えるってことも大事。お前がそうやって謝ってるところ見る方がよっぽど辛いよ」
伸ばされかけた手を慌てて引っ込める姿を見て、胸がちくりと痛んだ。