「俺、松野おそ松」
「櫻城、雛子です」
彼も私も特に心身に異常が見られないことを確認して、人目のつかない路地裏へと入り込む。お世辞にも綺麗とは言えない場所へお互い対面する形で座り込んでとりあえず、と名前を名乗った。赤いパーカーを着てへらへらとした様子を見せる目の前の人は松野おそ松というらしい。すごい、名前に2つも松が入ってるなんて。と感心しているところで彼が「で、なんで空から降ってきたわけ?」と声をかけてきた。
「……死のうとしてました」
「(うわあ、やっぱりそういうタイプか!これ実は詐欺だったりするんじゃねーの!?空から降ってきたのは事実だけど、見た感じ別にそんな悲劇のヒロインな感じしねーじゃん!!)」
「でも、たぶん怖かったんですね。自分からは飛び降りれませんでした。落ちたのも不可抗力で。まあ、死んだなら死んだでいいやと思ってはいました」
ひとつ口に出すと、抑えていたものが溢れ出すかのように止まらなくなってしまって、どんどんと饒舌になっていく。今さらになって恐怖感が襲ってきて、ボロボロと流れ出す涙に気付いた松野さんはギョッとしていた。それでもうんうんと頷いて聞いてくれることに安堵して、止まりかけた涙がまた溢れ出したときは「泣くくらいなら最初からすんなバーカ」と怒られた。
なんとなく、懐かしさを感じる距離感に拒絶を覚えた。今更温かみなど欲しくない。手に入れてしまったら、もっと、と貪欲になって一度覚えてしまったら、忘れてしまうのを恐れて自分を加護する。けれど手は彼を、温度を求めているかのようで私の言うことをきいてくれない。
「無理にとは言わねえけど、さ」
「……え?」
「話せる範囲で話してみろよ。あ、俺はまともなアドバイスはできねえぞ。当てにすんな」
ドヤ顔でおかしなことを平然と言ってのける彼にぷっと笑いが漏れる。
「なんだ、笑えんじゃん」
笑ったら可愛いし、もっと笑えばいいと思うぜ。鼻の下をこすりながら優しい目をしてこちらを見つめられる。瞬間、恥ずかしくなって思わず目を逸らした。あれ、なんだ。顔が熱い。この感覚って、なに?
「生きてることに希望がなくなりました」
「重っ!いきなり重いよ!なに?雛子って何歳?」
「17歳です」
「はあ?!17歳とか夢満ち溢れる時期でしょ!数年後に枕に顔埋めてじたばたしたくなる思い出作っちゃう時期でしょ!?」
「え……っと?」
「高校は?」
「今日は行ってません」
「行けよ!後悔するよ?真面目に勉強しとけばよかったーーー、とか本当に後悔するよ?俺ぐらいの年齢になると勉強なんかしようとも思わないから!」
ぐわあああっ!とすごい勢いでまくし立てられた。気圧されてしまったが、どうしてこんなにも私のことを励ましてくれるのだろう。いや、励ましているのかは曖昧なところだけど、少なからず心配してくれているとは思った。
「松野さんは、何歳なんですか?」
「おそ松でいいよ。俺?俺は20代」
「えっ」
「え?」
「20代なんですね、10代かと思いました」
「まじで?嬉しいこと言ってくれんね」
あと、境遇は俺よりもいいんだからそんな絶望すんなよ!と快活に笑われた。私よりもひどい境遇で育ってきたのだろうか、そう思うとなんだか自分が恥ずかしくなる。悲劇のヒロインぶって馬鹿みたいと思われただろうか。
「あ、俺ニートなんだよね」
前言撤回。馬鹿みたいなのはおそ松さんの方だった。