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恋がしたい。 -5-

「――っ、」

 HAYATOが、いつもと同じきらきらの笑顔で、ゆっくりと紡ぐその言葉。
 いつもならば音也は熱に浮かされたように『俺も好き』と返してくるのに、今日は違った。その大きな瞳にたっぷりの涙を湛えて、HAYATOのことをじっと見上げてくる。

「音也くん……? どうしたの? 痛かった? ごめんね」
「……がう、違うよ、」
「じゃあもしかして気分悪い? どうしよ、お水もってこよっか。音也くん、起き上がれるかにゃ?」
「――〜〜っ、トキヤ!」

 音也が、セックスの最中に『トキヤ』の名前を呼ぶのは初めてだった。名前を口にした途端にぼろぼろと零れ落ちる涙を拭うこともせずに、驚いたように返事ができずにいるトキヤに組み敷かれた体勢のまま震える声で言葉を続ける。

「トキヤ、ねぇ、どうしてHAYATOの時しか好きって言ってくれないの?」
「……え、」
「好きだけじゃないよ、キスもハグもHAYATOじゃないとしてくれない。寮では俺いつもひとりで、トキヤのこと待ってて……やっと帰ってきたと思ったら、なんだか冷たくて。HAYATOの時は優しいけど、ちゃんとゆっくり話してくれない。会ったらすぐにこーやっていちゃいちゃしようとするし」
「そ……れは、いつもあまり音也くんとこういうことできないから、」
「音也『くん』、なんてやだ。こんなときまでHAYATOに逃げないで!」



「俺は、セックスがしたいんじゃない。『トキヤ』と、恋がしたいんだよ。普通だったら寮で一緒に過ごす筈の時間はHAYATOの仕事で忙しくて、こうやってふたりでゆっくりできる時間もHAYATOのままだなんて、――まるで俺の恋人のトキヤを、HAYATOに盗られちゃったみたいだ」



 静かな部屋に、音也の泣きそうな声が響く。全てを言い切った音也はまるで全力疾走をした後のように息が切れてしまっていて、それだけでも彼がどれほどの決意でトキヤに自分の想いを伝えたのかが伝わってくるようだった。



 かちかちと時計の秒針が刻む音が聞こえてからどれくらい経っただろう。
 音也の頬を伝う涙を、白くてほっそりした手が拭うように撫でた。そうして、次はくちびるがそこに触れる。気持ちを伝えたのはいいけれどトキヤの顔を見れずにいた音也だったが、その優しい感覚に導かれるようにそろりと瞼をあけた。

「ごめんなさい」

 もしかしたら、トキヤを怒らせてしまったかもしれない。これで終わりになるかも――そう内心思っていた音也の耳に届いたのは謝罪の言葉で、そうしてその目に映ったのは、泣いている自分よりもずっとつらそうなトキヤの顔だった。

「ト…キヤ」
「あなたの事が好きなのに、それを伝えられなくて……あなたがHAYATOを受け入れてくれるのをいいことに、つい逃げてしまっていました」
「〜〜、」
「本当は、気付いていたんです。あなたの元気が少しずつ、なくなってしまっていること。なのに私は逃げてばかりで」
「ちが…違うよ! 逃げてたのは俺もで、HAYATOじゃなくてトキヤにすきっていってほしいなんて、我侭いったら嫌われるんじゃないかって。だから言えなくて」
「いいえ、私が悪いです。好きだと言ってくれたのはあなたで、今だってこうやって言い辛いことをあなたに言わせてしまっている。恋人失格ですね」
「トキヤ…っ」

 ――いやだ、ごめん、トキヤを傷つけてしまったのなら謝るから、だから嫌いにならないで。終わりにするなんて言わないで。

 音也がそう思ったのが、トキヤに伝わったのだろう。彼はまた泣き出しそうになっている恋人を安心させるように髪を撫でて、その額にひとつキスをした。

「だから、今からちゃんとそれを償わせてください。あなたにたくさん寂しい想いをさせてしまったこと。それから、こんなに泣かせてしまったこと」

 トキヤの、いつもより少しだけ高い体温が音也のからだを包む。ぎゅうっと抱きしめられて、その優しさに今度は一粒だけ温かい涙が零れた。

「音也、大事な恋人にこんなにも辛い思いをさせてようやく気持ちを伝えられるような情けない男ですが、まだ傍にいさせていただけますか?」
「〜〜っ、そんなの…」
「変わりにといっては何ですが…これからは今までの分もたくさんたくさん伝えます。あなたがもういいっていうくらいに」
「俺が、もういいっていうくらい?」
「はい」
「……それってすっごく、たくさんだよ」
「お望みどおりに。大事なあなたをHAYATOに盗られっぱなしでは私の気が治まりませんから。HAYATOよりもたくさん……いえ、何倍も好きだと伝えたいです。聞いてくれますか?」
「――うんっ!」
「では、」




 ――一十木音也が初めての恋の相手に好きだと伝えて、ちょうど一ヶ月。ようやく貰えた恋人からの初めての好きの言葉は、それまでの何よりも嬉しい贈り物だった。





end.

改定履歴*
20120701 新規作成
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