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恋がしたい。 -3-

 一日の講義を終え、グラウンドでサッカー友達と汗を流した音也が自室のドアを開けたのは、午後7時を少し過ぎた頃だった。この学園の寮は全て二人部屋だから、こんな時間に帰宅すれば普通はルームメイトがおかえりと迎えてくれるのだろう。けれど、音也の場合は話が別だ。

 トキヤの仕事はなにも朝の冠番組だけではない。歌のプロモーション、バラエティの収録、昨年公開の主演映画は好評を博し今期のドラマとなったし、それに伴い雑誌の特集を組まれることもしばしば。それを早乙女学園に通いながらこなすのだから、必然的に空き時間なんてなくなる。彼が寮にいるのは、本当に眠るだけの間だった。
 今日だって明日の土曜日の早朝からのロケがあるから帰ってこれないと言っていた。ここしか居場所のない音也と違って、トキヤは『HAYATO』の為に事務所が用意してくれていたマンションがある。早朝ロケや深夜に撮影が及ぶ際にはトキヤはそちらに泊まることもめずらしくない。

 ただでさえ寂しくなる夕暮れの時間に、部屋に一人きり。音也は、このひとりきりの時間がたまらなく苦手だった。それでも、最近は日が長くなってきてこの時間までサッカーができるからまだいいほうだ。外で過ごす時間が長ければ長いほど、相反してこの部屋で一人で過ごす時間が短くなる。

 そもそも、ごく普通の恋人同士であれば『寮で二人暮し』なんてことはまずないのだから、同じ部屋で眠ることができる分自分は恵まれているのだ――音也は甘えた考えを打ち消すように首をふるふる横に振り、汗を流すためバスルームへ向かった。




『誰かに叶わぬ恋でもしてるのかしら?』




 シャワーを浴びる音也の脳裏に、今日のレコーディングテストで担任から掛けられた言葉が浮かぶ。叶わぬ恋、ではないと信じたい。自分は大好きなトキヤと付き合っているのだから。
 けれど好きといってくれるのはトキヤではなく『HAYATO』で、キスをするのも――

「リンちゃんは、ほんと鋭いなぁ……」

 シャワーのコックをきゅっと捻って、ため息をひとつ。男心も女心もお手の物(だと音也は信じている)な担任だったら、もしかしたら相談してみればすぐに解決したのかもしれないのに。ちらりとそんな考えが浮かぶものの、やっぱりトキヤの秘密を誰かに言うなんて事できない。恋人のことを大事に思うだけに破ることができない『だれにも内緒』の約束に、音也はまた大きなため息をつくのだった。



****
 バスルームを後にした彼が部屋に戻ると、ソファの上に先程自分が脱ぎっぱなしにしていた制服が目に入った。途端に頭に浮かぶのは、やっぱりトキヤのこと。
 あの恋人は他人にも自分にも厳しくて、そうしてほんの少しだけ口煩い。見ればあたりには制服だけでなくかばんやギター雑誌も散らかっていて、彼がこんな状態の部屋を見たら間違いなくお説教が待っているだろう――けして甘いとは言えない恋人の怒った顔を思い出しただけなのに、音也の頬はぱぁっと朱をさしたように赤くなった。
 
 トキヤ、トキヤ、ときや。好きだよ、会いたい。早くはやく、彼と会えない今日と明日が終わって、トキヤが帰ってくればいいのに。

「――トキヤ、」

 恋人の名前を呼んだだけで、じんわりと目の奥が熱くなる。泣いてもトキヤは帰ってきてくれるわけじゃないし、目が腫れてしまうからだめなのに……そうわかっていても、いとしい気持ちは止まらない。
 洗いざらしの髪から滴る水滴を受け止めるために肩に掛けていたタオルは、いつの間にか涙を拭うためのものになった。

 ぐすぐすと子供のように涙を零しながら、それでも音也は散らかしっぱなしの部屋を片付けていった。雑誌やギターを所定の位置へ、引いたままの椅子をちゃんとしまって。最後に制服をハンガーに掛けようと手を伸ばして――ぴたりと涙が止まる。
 脱ぎっぱなしの制服に埋もれていた携帯電話、その液晶が映し出したのは未読メールありのアイコンで、送信者は他でもないトキヤだったのだから。


『音也くん、今日ね、早く帰れることになったんだ。マンションで会えるかにゃ? 20時半には着くと思う』

 高鳴る胸の鼓動が指先に伝わって、指先が震える。音也が今その手に握り締めているのは携帯電話なのだからメール画面を閉じれば時間を確認できるのに、すっかり動転していた彼は部屋の掛け時計を見上げた。時間は20時少し前、これならば恋人の帰宅とそう違わない時間にマンションへ着くだろう。

 音也は上半身裸だったその身に慌ててシャツを羽織り、身支度を整え部屋を出た。がしがしとタオルで拭いただけの髪はまだしっとりと濡れていたけれど、そんなことに構っていられない。

 トキヤに会ったら、今日こそちゃんと自分の気持ちを伝えよう。トキヤのことが好きだから、『トキヤ』に好きって言って欲しいよ、と、そう正直に言ってみよう。もしそれで嫌われたら……いや、きっとトキヤなら聞いてくれるはずだ。そうして、あの優しい笑顔でふわっと笑って、すきだと言ってくれるはず――音也はそう自分に言い聞かせて、マンションへの道のりを急ぐのだった。






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20120701 新規作成
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