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恋がしたい。 -2-

 だがそれから一ヶ月が過ぎた今、本来であれば付き合いたてで幸せ真っ只中の筈の音也の表情には陰りがあった。

 トキヤは結局、HAYATOの時しか音也に恋人として接することができなかった。それは好きだという時も、キスをする時も、ベッドの中でも変わらない。交際期間一ヶ月、やることだけは順調に済ませているというのに、音也はまだ一度もトキヤ自身から好きだと言われたことがないのだ。
 初めこそキラキラのアイドルスマイルで『好きだよ』と言われる度に嬉しくてドキドキしていた音也だったが、自分が付き合っているのはトキヤなのに…という違和感はどんどん大きくなってゆく。今となっては、HAYATOと会うのすらつらくなってきてしまった。

 トキヤのことを好きになれば好きになるだけ、胸を締め付けるような苦しさが増してゆく。まだまだ精神的に未成熟な15歳の彼は、いつの間にか抱えきれないくらいに大きくなってしまっていた恋の悩み事に押しつぶされてしまいそうになっていた。

 普通ならばこんな時は、友達なり家族なり近しい人に話を聞いてもらったり、そうでなければ別の事に打ち込んで忘れているうちに解決したりするのだろう。けれどトキヤがHAYATOという事実は音也と学園長しか知らないトップシークレットだったし、例え別の事に集中できたとしてもまた寮に帰れば嫌でも思い出してしまう。

 その上、クラスで笑顔を絶やさない音也に周りが抱くイメージは『いつも元気で、明るくて、悩み事なんて何もなさそう』というもので、それは実際彼が目指していた人物像と一致していたから、彼はいくら悩みが大きくても人前では元気で明るい自分を装ってしまうのだ。音也の疲労は日を増すごとにたまってゆくばかりだった。


 だが皮肉なことに、その悩みは音也にとってほんの少しだけプラスにもなった。悩み事を振り切ろうと授業に集中したおかげで、元来素直な性格の彼は、まるで乾いたスポンジが水を吸うように講義の内容を吸収し、その才能をぐんぐん成長させた。作詞は回を重ねる度に深みのある、どこか共感できるものになっていったし、技術的にはまだまだかと思われた歌唱能力も、彼本来の歌に気持ちを込める歌い方に学んだ技術が合わさって、ぐっと魅力的になった。
 その成長ぶりは教師からみても目覚しいものらしい。現に今行われているレコーディングテストでは彼の担任が満足気な顔でブースの中を見守っていた。大好きな歌をうたう彼の横顔は楽しそうで、見ている側まで気分が弾むのに――たとえば歌い始めの集中している時、それから歌い終わりに目を伏せる時、ふとした時に垣間見える少し大人びた表情とのギャップがまた周りを惹きつけるのだ。

「オトくんっ、また上手くなったんじゃない? 今の歌、とーっても素敵だったわっ」
「やった、ほんとに? んーっ、頑張って練習した甲斐があったー!」
「練習もだけど、なんというか……そうっ色っぽくなったわ! 今までの100%元気いっぱいなオトくんと違って表情に憂いがあって艶っぽくって……誰かに叶わぬ恋でもしてるのかしら?」

 ブースから一歩踏み出した途端に、にこにこと笑いながら冗談めかして問いかけられる担任からの言葉に音也の表情が固まる。けれどそれはほんの一瞬だったから、幸いにも気付かれることはなかった。

「やだなぁリンちゃん、ココは恋愛禁止って知ってるよ? でもそうだなー、かっわいいリンちゃんが見守ってくれてたから上手く歌えたのかも!」
「あらっやだぁもうオトくんったら! 先生を喜ばせるのまで上手なんだからー。ふふっ、次のテストも期待してるわねっ」

 自らの返事でさらに上機嫌になった担任へひらひらと手を振りながら、音也はレコーディングルームを後にする。もちろん、次にテストを控えていたクラスメイトに頑張ってねと笑顔で声援を送るのも忘れない。ただ、教室に向かってひとりで廊下を歩く音也の表情からは笑顔が消えてしまっていて――それどころか、なんだか泣いてしまいそうなものだった。





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20120701 新規作成
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