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恋がしたい。 -1-

 ――一十木音也が初めての恋の相手に好きだと伝えたのは、今からちょうど一ヶ月程前の5月の終わり。
 彼は同性のルームメイトである一ノ瀬トキヤに、思いがけない展開で一世一代の告白をすることになったのだ。



 ことのはじまりは、ありふれた日常の中のひとこまだった。
 普段はHAYATOとしての仕事に追われているトキヤがめずらしく早い時間に帰宅したその日、ふたりは久しぶりに就寝前のひと時を一緒に過ごすことができた。トキヤが淹れてくれたコーヒーを片手に、一緒にソファに座って、テレビを見て。そんな中不意にソファに置きっ放しだったトキヤの携帯の着信音が鳴ったのがきっかけだ。それを探すお互いの手が触れ、ごめん、と音也が顔を上げた瞬間、くちびるが触れそうな至近距離で視線が交わった。トキヤの宝石みたいにきれいな濃紺の瞳に、今、自分だけが映っている――たったそれだけのことで、音也はずっと胸に秘めてきた思いが溢れ出してしまうのを抑えることができなかった。



『俺、トキヤのことが好きなんだ』



 するりと口から零れ落ちてしまった言葉に、トキヤは勿論、言った当の本人も驚きを隠しきれていなかったように思う。テレビの音だけが響く部屋で永遠にも思えるような間の後、先に口を開いたのは音也だった。彼は顔を真っ赤にして、時折言葉を詰まらせながらも、トキヤの目を正面から見据えて突然すぎる告白を補完するように言葉を紡いでいった。

『急にこんなこと言ってごめん、でもトキヤのことを好きなのは本当。お前と同室になって、学園の課題もHAYATOも手を抜かずに一生懸命に頑張るの見てて、お前のことすぐ好きになった。気持ち悪いって思われるかもしれないけど、ずっとずっと、好きだったんだよ』
『……、好き、とは、その、』
『うん……たぶん、トキヤが今思ってる意味での好きだよ。付き合えたらいいなって思ってる』
『……』
『あああごめん! 急に言われても困るよね。あの……今すぐ返事が欲しいってことじゃないんだ。ココは恋愛禁止だし、そもそも男同士だし、断られるのが当たり前って解ってるよ! でも、えっと、もしほんのちょっとでも、俺と付き合ってみてもいいかもって思えたら、――そのときは教えてくれたら嬉しい』

 ようやくそこまでを口にすると、手に持ったマグに残っていた幾分冷めたコーヒーをぐっと飲み干し、ごちそうさまとソファを立った。どくどくとありえないくらいに早鐘を打つ心臓を落ち着けるためにその日二度目のシャワーを浴びにバスルームへと向かう音也の背中を見送るトキヤの顔は、音也と同じくらいに真っ赤になっていて、それを一目見たらもう返事の言葉なんていらないくらいに想いは伝わっただろう。けれど、音也は思いがけず告白してしまったことに心底動揺してしまっていたし、トキヤだってルームメイトと思っていた片想いの相手からの突然の告白を頭で処理するのに精一杯で、追いかけて自分も同じ気持ちだと伝える余裕なんてなかった。

 そう、トキヤもまた、気持ちは同じだったのだ。トキヤは持ち前の演技力で自分の気持ちを隠していたが、出会った時から音也の底抜けの明るさと素直さに惹かれっぱなしだった。自分の持っていない魅力の塊のような相手とふた月程を一緒の部屋で過ごすうちに、友情が愛情に変わったのはそれほどおかしなことではなかった。ただ、トキヤも男同士だということだけが引っかかっていて前に進めなかっただけ。そこにきての相手からのまさかの告白に、迷うことなんてなかった。

 ただし、トキヤは音也とは比べ物にならない程自分の気持ちを伝えるのが苦手だった。『私もあなたの事が好きです』そう伝えさえすれば晴れて恋人同士になれるというのに、そのひとことを口にすることができない。言葉にできない想いが募るのと反比例するように、音也の表情から明るさが消えてゆくのがありありとわかった。
 それはそうだろう、いくら『返事は今じゃなくてもいい』とはいえ、音也からすれば告白した相手から返事も貰えず宙ぶらりんまま毎日一緒に暮らしているのだ。



『ねぇ音也くん、ボクと付き合おっか』



 だから、こうするしかなかった。トキヤでだめなら、HAYATOで想いを伝えればいい。音也に負けないくらい明るく人懐こい性格のHAYATOならできるはずだ――その予感は的中し、トキヤはHAYATOで想いを伝えると決めた翌日音也をマンションへ呼び出し、目的を達成することができた。

『音也くーん? お返事くれないとボク寂しいにゃあ。ボクと付き合うの、嫌になっちゃった? たくさん待たせてゴメンね?』
『う、ううん! 嬉しい…。でもほんとに……? 俺でいいの?』

 赤の瞳を涙で潤ませ、震える指先で『HAYATO』の袖をきゅっと握っておそるおそるそう確認する音也のことをぎゅうっと抱きしめてしまったのは、無意識だった。そうして、目の前にあるあつくてまっかな頬ににちゅっとキスをしてしまったことも。

『ふふっ、可愛いにゃあ。ほんとのほんとだよ。これからも、よろしくね?』

 トキヤは、『HAYATO』としてだったら素直に気持ちを伝えられることを知ってしまった。音也も、ようやく貰えた『すき』の言葉をこんなにも喜んでくれている。だからこれでいいのだと思った。今無理にトキヤとして想いを伝えようとして音也を焦らしてしまうよりも、HAYATOでたくさん好きだと伝えるほうがいい。きっとそのうちに、トキヤとしてでも想いを伝えられる日がくるだろう、それまではHAYATOとして音也と付き合えばいい――…そう思ったのだ。






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20120701 新規作成
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