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きみはボクのもの

 トキヤを見ていると、時々思うことがある。
 透明感のある肌、陽にあたるときらきら透ける深い群青色の髪と、それとおそろいの色の瞳。ボクが見たことのある――ううん、この世にあるどんな宝石よりも一番キレイなその瞳を彩る長い睫毛は、近くにいたらまばたきの音が聞こえてくるんじゃないかなってくらいにとっても長くてふさふさ。毎日のお手入れを欠かさないくちびるは、見てると思わずキスしたくなるくらいにみずみずしい。
 双子なんだから全部自分と同じはずなのに、トキヤはやっぱりキレイだ。

「……どうかしましたか?」
「んー? なんでもないよ、ただ……」

 でもね、こんなにキレイなトキヤだけど、可愛いところもあるんだよ。例えば、そう、

「トキヤは今日も可愛いにゃあ、って思って」

 こぉんな一言で、すぐ真っ赤になってくれちゃうトコとかね。

「っ、あなたは、また……もう、からかわないでください」
「からかってないよ? トキヤのこと、すっごく可愛いって思ってるの伝わらない?」

 ボクがデビューしてもう何年経つだろう。願い通りにアイドルっていうお仕事をさせてもらえてるボクは、ほんとにしあわせものだって思うよ。もともと笑うことは好きだったけど、雑誌の撮影とかの度に、ミリョク的な笑顔のつくりかたっていうのをカメラマンさんにちょっとずつ教えてもらえるから、最近では思ったときに思った通りの笑顔で笑えるようになってきた。
 こんな時にぴったりの『HAYATO』のとびっきりのキラキラ笑顔でわらいかけてみれば、ほらね、トキヤの顔はもう真っ赤だ。ボクはトキヤのお兄ちゃんだからね、トキヤがどういう表情に弱いかなんてもうちゃんとわかってるんだよ。

 ――ただ、そんなボクにも最近ひとつだけ、わからないことができてしまった。

「トキヤ、だぁいすき」

 そういいながら、ソファに並んで座ってるトキヤのほっぺたにキスをひとつ。
 ちゅ、って音を立ててお互いの顔が見れる距離まで顔を離してみれば、思った通り、そこにはくちびるの触れたところをてのひらでおさえて、困ったようにボクを見るトキヤの姿があった。
 ばちんと目が合って、たっぷり一秒。トキヤは、その後にすっと視線を下に逸らしてしまって、後はボクが話しかけるまで何にも言わずに黙ったまま。これが、最近のトキヤの癖だった。

 ひとつだけわからないこと、っていうのはこのことだ。どうしてだろう。ちょっと前までは、こんなとき、それこそ『からかわないでください!』って怒られちゃってたのにな。トキヤのあの長い睫毛が伏せた目元に影を作るこの角度はすごくキレイで大好きだけど、こう何も言われないとお兄ちゃん不安になっちゃうよ。

「トキヤ?」
「……」

 どうしよう、今日はとうとう返事もしてくれなくなってしまった。
 もしかして、考えたくないけど、……キスが嫌になってしまったんだろうか。
 こうやってほっぺたにキスをするのはボクたちがすごくちっちゃい頃からのクセで、それはこれまでもこれからも、ずっと変わらないと思ってたんだけど。
 そういえば、トキヤがこんな反応を見せるよりちょっと前に、こどもじゃないんですからって言ってた気がする。
 でも、それだったら嫌ですってひとこと言ってくれれば、寂しいけどあきらめるよ。トキヤのこと大好きだからこそ、嫌がることはしたくないから。

「トキヤ、いやだった……?」
「いえ……嫌では、ないんです。ですが、その」

 思い切って顔を覗き込むようにしてきいてみると、トキヤはようやく口をひらいてくれた。けれど、その表情はすごく困ってるときのものだ。
 ボクからのキスは嫌ではないけど、困る。そういうことだよね。

 ……もしかして、だけど。好きな子ができたのかな。それだったら、わかる。好きな人ができたら、他ではしたくなくなるよね。勿論ボクは恋愛経験ゼロだから想像でしかないんだけど。
 早乙女学園は共学だし、確かトキヤのパートナーは女の子だと聞いた。とても控えめで時々もどかしいけれど、音楽のことになるとひたすら一生懸命な子だと。
 その話をしていた時のトキヤの表情を思い出してみる。恋をしているような目だっただろうか。

 頭の中で、会ったこともない顔もしらない女の子と、その子に優しく微笑みかけるトキヤが浮かんだ。その女の子と手を繋いで歩く姿も。トキヤは、ボクじゃなくてその子からのキスだったら受け入れるんだろうか。困った顔じゃなくて、うれしそうな笑顔に、なるんだろうか……?

 ――嫌だ。トキヤはボクのものだよ。このきれいな髪も、肌も、全部全部

 そう思った時には、ボクは目の前の大好きな弟にぎゅうって抱きついてた。

「ハヤト……?」
「トキヤ、ごめん」

 驚いたようにボクの名前を呼ぶトキヤの頬に手を添えて、そのままキスをする。こどもみたいなキスじゃなくって、唇への、好きな人にするキスだ。
 撮影でもプライベートでも未経験、正真正銘のファーストキスだったから、加減なんてわからない。がちんって歯が当たった気がするけど、それでも構わずに続けた。

「はや……んんっ」

 トキヤはくちびるが触れた瞬間にびくんと体を跳ねさせたから、頬に添えてた手を後頭部に回してぐっと引き寄せた。衝動のままに舌をいれて、トキヤのそれに絡める。トキヤの口の中は熱くて、びっくりするくらい気持ち良くて、一瞬意識が飛びそうになった。ボクの肩に置かれていたトキヤの手にぎゅうっとちからがこもるのがわかるけど、やめてあげられない。離してあげられない。
 それもこれも全部、トキヤを盗られたくない、それだけがボクの頭の中を支配してたせいだ。

「すき、トキヤ……好き、だよ。ボクじゃない、他のだれかを、すきにならないで……」
「――っ! っふ、ぁ」

 息つぎの途中で想いを伝えながら、どれくらいそうしていただろう。あっという間だったような気もするし、すごく長かったような気もする。
 ようやくキスを終え、呼吸を整えたところで改めて腕の中のトキヤを見れば、かわいそうに、彼はボクの大好きなキレイな瞳と睫毛を、すっかり涙で濡らしてしまってた。くちびるの端からは飲み込みきれなかった唾液が零れてて……泣かせておきながらこんなことを思うなんて最低かもしれないけど、ボクは、自分の下半身が反応しているのに気付いてしまった。
 兄弟に欲情するなんて、最低だ。解ってるけど、治まりそうにない。
 ……でも、これ以上トキヤに嫌われるようなこと、できるはずないんだ。

「な、んで、急にこんなことしたんですか」
「……ごめんね、トキヤにだって好きな人くらいできるよね」
「は……?」
「いつものキスだって嫌がってたのに、こんな強引なことしてごめん。もうしないから」

 理性を総動員するって、こういうことを言うんだろうか。
 これ以上くっついてたら本当に押し倒してしまいそうで、ボクはひとつ深呼吸をすると、腕の中に閉じ込めていたトキヤのからだをぐっと押した。
 熱いくらいのぬくもりがなくなって、胸が締め付けられるように痛む。

 でもそれは、一瞬だったんだ。
 だって次の瞬間、ボクのからだはトキヤにぎゅうって抱きしめられたんだから。

「好きな人なんて、あなた以外にいません!」

 思いがけないトキヤの行動と言葉に、頭の中が真っ白になる。
 すき? トキヤが、……ボクのことを?

「わ……たしは、嬉しかったのに、なんでそんなひどい勘違いができるんですか」
「だ、だって、最近、トキヤキスのあと目合わせてくれなくて、何も言ってくれなくて」
「そんなのはずかしいからに決まってます」
「じゃあ、いまのキスは? いやじゃなかったの?」
「……急で驚きましたけど、嬉しかったです」
「だって! トキヤ泣いてたよ!?」
「〜〜っ、気持ちよかったからです! もう、私にばっかり言わせないでください!」

 うそだ、だって、トキヤはボクの弟で、男同士で、そして……好きな人がいて。
 でも、ボクのこと好きだって言ってくれた。ううん、ボク以外にいない、って。信じられないけど、でも、トキヤはボクに嘘をつくような性格じゃない。それに、こんなまっかな顔をして、必死に気持ちを伝えてくれるトキヤが嘘をついているだなんてとても思えない。

「――ハヤト」
「はい」
「もう、キス、してくれないんですか?」

 そんなことをぐるぐる考えてたら、焦れたトキヤがボクの首筋に顔を埋めてちいさい声でそう言った。なにこれ、どうしよう、トキヤが可愛すぎるよ。

「トキヤがいいなら、いつだって、何度だってするよ。ね、トキヤは、ボクのことすき?」
「……自分の気持ち、口にするの苦手なんです」
「そうだね……ボクはおにいちゃんだから、わかってるよ」
「でも言わせるんですか?」
「たまには言ってほしいときもあるんだにゃあ」
「今日は言わされてばっかりです……」
「ふふ、ごめんね。トキヤ限定だから、ゆるしてほしいにゃ」



 未だにボクにぎゅっと抱きついたままの(きっと顔がまっかであげられないでいるんだと思う)トキヤの髪を、背中を、そおっと撫でながら甘えてみると、トキヤが仕方ないなぁって感じでくすくす笑う声が聞こえる。

 答えのわかっている質問への回答を待つ、愛しい弟が勇気をだして答えてくれるまでの数秒間は、ボクが今まで生きてきた中でいちばんしあわせな時間だった。





end

改定履歴*
20120908 新規作成
このたびハヤトキアンソロ様にお邪魔させていただくことになりまして、その没ネタになります〜。載せていただくものとこれはまったく違いますが、二人の関係はこんな感じで、完全に両想い!なハヤトキちゃんがけんかして仲直りするようなお話を書かせていただきました。
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