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Z.ジョーカー -1-

「はぁ…」

ノアの方舟と銘打ったサーカス団のひとつのテントの中、シエルは深いため息をついて、
手に持っていた自社製品であるファントム社のキャラメル味のキャンディをぼうっと見つめる。
『これから仲良くしような!』そう言って自分にこれをくれたルームメイトは、
打ち合わせがあるとかでほんの数分前にテントを出て行ってしまった。

「…仲良く、か」

先程言われた言葉を、何の気なく復唱してみる。耳に残るのは不思議な感覚だった。
先代の跡を継いで伯爵となり、製菓・玩具会社を立ち上げてからというもの
大人に囲まれた日々ばかりで、友達という友達なんていなかったことを思い出す。

唯一年が近い庭師と一緒にテレビをみたりはするが、彼はシエルをあくまで主人として接するし、
婚約者のエリザベスは女の子ということもあって、仲良くはあるが友達かと聞かれたら答えに窮する。
もとより高貴な生まれであるシエルにとって、同年代の子供たちと
あんな風に気軽に接する事自体が始めてだった。

僕にも、『友達』なんてものができる日がくるとはな。

そこまで考えて、ふと我に返った。何が友達だ。
僕がここに来たのは女王の憂いを晴らす為に他ならない。
用がすんだらこんなテント生活はおさらばなんだ。
それに、場合によっては『友達』ごとこのサーカス団を潰さなければならない。
深入りして情が移るようなことがあってはならないのだ。
そう、僕は『女王の番犬』なのだから――。

シエルはふるふると頭を振って自分にそう言い聞かせると、着替えを手に取った。
ルームメイトが不在の今のうちに着替えておかないと。背中の焼印を見られるわけにはいかない。

首元に結われているリボンを解いて、ベストのボタンを外して。
そのまま脱ごうと思っても、ショートパンツを肩から吊っている紐が邪魔をして脱げなくて、
それに気付くのにまず一苦労。どうにかショートパンツとベストを脱いでも
今度はシャツに付いているたくさんのボタンがシエルに立ちふさがった。

「くそっ、なんでこんなにややこしいんだ…うわぁなんだこれ!」

その上ショートパンツを脱いだ下半身にはガーターベルトのようなものまで穿かせられていて…
シエルはその衣装の複雑さに気が遠くなるような思いで自分のからだを眺めていた。
これを着るときはいつもどおりセバスチャンが隣にいたから何も気にしなかったが、
ひとりでこれを脱ぎ気するとなるとちょっとした訓練が必要かもしれない。

流石に着替えくらい一人でできなければいけないかも、
屋敷に戻ったらセバスチャンに教えてもらおうか。
ああでも屋敷に戻ったら伯爵である僕を着替えさせるのは執事のアイツの仕事だ。
そう考えると早くも屋敷に戻りたくなってくる。

それでも今は自分でやらなければ、と気を取り直してボタンに手をかけ、
覚束ない手つきでひとつふたつ外したところで、テントの入り口に人の気配を感じた。
きっとセバスチャンだ、着替えを手伝いにきてくれたに違いない。

「……っ、ははっ」
「!!笑うな、セバスチャ…っ、あ」
「いや、ごめんごめん。悪気はなかったんどす」
「い、いえ僕こそごめんなさい。ジョーカー…、先輩」
「ただの『先輩』でええよ」

恥ずかしさに思わず声を荒げて振り向くと、そこにいたのはセバスチャンではなく
このサーカスのリーダーであるジョーカーだった。
楽しそうに腕を組んでテントの入り口に背を預けてくすくすと楽しそうに笑っていた彼は、
シエルと目が合うと柔らかい笑顔で軽く謝りながらテントの内側へと歩を進める。

「坊は着替え苦手なんどすか?」
「えと、いえ…その」
「かっわいいなぁ。何、どれに着替えるんどす?」
「えっ?わぁ!大丈夫、だいじょうぶです僕一人で…」
「何言うてんの。こんな薄着であの調子だと、着替え終わる頃には風邪ひきますえ?ほらじっとして」






改定履歴*
20110302 新規作成
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