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W.手袋を口で嵌める執事の表紙

「おはようございます、坊ちゃん、お加減は…」
「ゴホ、けほ、んっ…、はぁ」
「…あまり、よろしくないようですね」
「だいじょうぶ、だ…それより、今日、は、市警へ調査にいく予定だろう、支度を」

喋るのもつらそうに、げほげほと咳き込むシエルの顔は赤く、
発熱しているのは誰の目にも明らかだった。
勿論一番傍にいて普段の様子を知り尽くしている執事にとってもそれは同様で、
手袋をとった手のひらで熱を測るのも最早形だけのもの。

「やはり、少し時期を見てから移動するべきでしたね。申し訳ありません、マイロード」

事の始まりは、例に漏れず女王からの手紙だった。
なんでもイーストエンドでまたもや市警の手に負えない事件が発生したらしく、
女王の憂いを晴らすべくシエルに白羽の矢が立った。
こんなことは別にいつもと同じ、めずらしくもない事だ。だが、今回は色々なタイミングが悪かった。

解決を急ぐため、ここ数日降り続いている雨の中ロンドンに移動を余儀なくされたのだが、
もともと風邪気味だったシエルにとってはそれが決定打になったようで、
馬車から降りるころには既にぐったりしており、案の定次の日…つまり今日、熱を出した。

何もセバスチャンが主人の体調管理を疎かにしていたわけではない。
小動物のように自分の弱みをひたすら見せまいとするシエルの演技力で
わずかな体調不良の予兆は最大限隠されてしまい、
人間とはちがう強靭なからだをもつセバスチャンにはその些細な変化がわからなかったのだ。

「今日のご予定は、すべてキャンセル致します。市警へは体調が戻り次第、お伺いしましょう」
「おま…なに、勝手な…、」

『何を勝手なことをしているのだ』と言いたいのだろう。
だが悲しいかな、シエルの喉はもう限界のようで、大きな声を出そうとすればするほど
咳はひどくなり、呼吸音もますますつらそうなものになってゆく。
セバスチャンはちいさな背中をゆっくりさすりながら、この我侭な主人を
できるだけすんなり納得させられるよう言葉を選んで窘めようと試みた。

「坊ちゃん。坊ちゃんの勤勉でお仕事熱心なところはお褒めいたしますが」
「ならば早く、着替えを…」
「いいえ、体調に無頓着なところはお褒めできません。今日はこのまま休養していただきます」
「何言ってる、なによりも仕事が最優先だろう!なんのために、僕がロンドンへ急いだと思ってる」
「勿論存じております。あなたが、女王の番犬としての誇りを持っていることも。
 ですがまずは体調を万全にすることが、今の貴方の最優先事項です。それに――」

体を起こそうとするシエルを半ば無理やりベッドへ押し倒し、
そのままちいさい頭の両側に腕をついて、閉じ込めるように見下ろした。
思わず見惚れてしまうくらいに整った顔がゆっくりと、シエルのそれに近づく。
漆黒のきれいな髪がさらりと頬をくすぐって、キスされる、そう思って
ぎゅうっと目を瞑ったシエルに与えられたものは。


「体調の悪い貴方を抱くわけにはいきませんから。私のためにも早く治してくださいね」


キスよりもあまいあまい、とっておきの声だった。
顔を真っ赤にしてぱくぱくと何かを言おうとするシエルとは対象的に、
余裕の笑顔でくすくすと笑いながら、いつもよりずっと熱い額にキスをひとつ。

「よろしいですね?坊ちゃん」

まるでセックスのときと同じくらいの至近距離で、
だいすきな紅茶色の瞳でじっと見つめられてそう囁かれれば、
もうシエルはこくんと頷くことしかできなかった。

「いいこです」

手袋を外した右手が、シエルのあかくそまった頬を撫でる。
主人と執事として接している時にはけして触れることのないはずの
そのひんやりとした素肌の感覚が気持ちよくて…
シエルは思わず、その場から去ろうとしている恋人の手をもういちど、きゅっと握ってしまった。

振り向いたセバスチャンの顔には一瞬だけすこし驚きの色が浮かんでいたが、
すぐにそれは愛情のこもったあたたかいものに変わる。
自らの右手を掴んでいたシエルの手を左手にそっと移動させて、
口だけで器用に手袋を右手へと嵌めてゆく仕草はとてもきれいで、
シエルはそれを熱に浮かされた頭でぼぅっと見ていた。

「氷枕を持って参りますね、坊ちゃん」

ひとこと断りを入れても離れることのない火照ったちいさなシエルの手。
自分のかけた言葉を聞いているのかいないのか、
じっと自分を見上げたままの恋人が可愛くて仕方ない。
セバスチャンはふと思いついたようにシエルのてのひらに指で文字を書いて、
伝わったことばに丸い瞳をますます丸くして驚くシエルの右手を
恭しく持ち上げ、そっと手の甲にキスを落とした。



『あいしてます、私のシエル』

てのひらに届けられた、だいすきな恋人からの思いがけないプレゼント。
シエルは、どきどき高鳴る鼓動の音と顔の火照りを風邪のせいだと決め付けて、掛布の中にもぐりこんだ。
風邪が治ったら、きっとあの執事を自分とおなじくらいに驚かせてやろう。
その為にはベッドでゆっくり休みながらどうやって驚かせてやるかを
考えてやるのもいいかもしれない、なんて自分に言い訳をしながら。






改定履歴*
20110221 新規作成
セバスチャンが手袋を噛んで脱いだり嵌めたりする姿はとてもとてもえろいです。
ものすごくもえます。それにサーカス編での『手に文字を書いてお喋り』、
そしてキャラソンの『よろしいですね、坊ちゃん?』という
私が大好きな萌え要素ばかり詰め込んだお話になりました。
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