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T.紅茶を注ぐ執事の表紙

「坊ちゃん、アフタヌーンティーのお時間ですよ」
「ん、もうそんな時間か…」
「集中してお仕事されていましたからね、ゆっくりご休憩なさってください」

窓からそそぐ柔らかな陽差しの中、難しい顔をして書類に向かっていたシエルは
執事の声にぐっと伸びをして、目の前の光景へと目をやった。

ひとつの曇りもない銀のティーポットからひとすじ、上質なカップへと落ちてゆく紅茶。
造りの良い黒づくめの執事の顔の中でもひときわ目を惹く紅茶色の瞳と相俟って、
これはもうひとつの造形美だな、とシエルはひとり心の内で満足する。

「…セバスチャン」
「はい」
「そうやって紅茶を高いところから注いで、零したことはないのか」
「私はあくまで、執事ですから。そのような失敗は一度たりとも」
「ふぅん…」

セバスチャンは完全無欠の執事としての笑顔のまま、主人の前へとティーカップを置いた。
続いて、本日のおやつである焼き立ての林檎のパイを載せた皿を。
シエルは上機嫌で林檎のパイをひとくち分、口へと運ぶ。
次の瞬間に零れる笑顔は、普段女王の番犬として背伸びしている『伯爵』のものではなく
ただの13歳の『坊ちゃん』としての無邪気さが垣間見えるもので、
セバスチャンは、それを見るのが密かな楽しみであった。

「うまい」
「それはようございました」

笑顔の主人の様子に、きっとこのままぱくぱくと食べ進めるのだろう、
そう微笑ましい気持ちで見守っていたセバスチャンの予想は見事に外れて、
シエルはティーカップを手にすると紅茶をこくこくと飲んだ。
いくら適温だといえどもそれなりに熱いだろうに、それでもカップから手を離さない。
とうとうカップが空になるまで、シエルはパイに手をつけることなかった。

「ぼ、坊ちゃん?喉が渇いておいででしたか?」

あっけにとられていたセバスチャンだったが、慌てて紅茶のおかわりを注ごうと
ティーポットをとりにワゴンへ向かおうとすると、燕尾服の裾をひいてとめられる。
主人の顔を振り返ってみれば、まるい両の瞳がじっとこちらを見上げていて――
次に発されたのは、考えてもいなかった命令だった。

「セバスチャン」
「はい?」
「僕もやる」
「はい??」
「僕もやってみたい、紅茶注ぐの。教えろ」
「いけません、坊ちゃん。そんな使用人の真似事などさせられません」
「…じゃあ勝手にやるからいい」

行儀作法も無視してすっと立ち上がりティーポットに
手を掛けようとする主人を慌てて諫めようとしても時既に遅し、
シエルはそれなりに重さのあるそれを果敢にも持ち上げようとしていた。
が、当然ながら華奢な腕では顔の高さまで持ち上がるはずもなく、
中身の紅茶が今にも零れ落ちそうで危なっかしくて仕方ない。

両手でも支えるのがやっとだったそれを片手で持ち上げようとした瞬間、
当然といえば当然だがぐらりとシエルのからだがバランスを崩した。


「ん、重……わっ」
「坊ちゃん!!」


セバスチャンは慌てて後ろから左手ひとつでシエルを抱き寄せ、
右手で床に着く寸前だったティーポットを受け止める。
ぎりぎりのところで、床には一滴の紅茶も零れることはなかった。

セバスチャンはそっとため息をつくと、ティーポットをワゴンに置いて
シエルを抱きしめる腕にぎゅうっと力を込めた。
腕のなかのからだはどきどきと心臓が高鳴っていて、
それがなんだか本当にこどもっぽいいたずらっ子のようだと苦笑いをひとつ。

「坊ちゃん、お願いですからお聞き分けください」
「――!!セバスチャ…耳、近い、やっ」
「貴方に火傷でもされたら私は自分を赦せません。ね?」
「わかった、わかったから…っ」
「さすがは私の坊ちゃんです。聞き分けがよろしい」
「も、はなせってば!……ひゃあっ」

お仕置きの意味を込めて耳の傍で囁くように窘めれば、途端に真っ赤にそまるちいさな耳たぶ。
セバスチャンはくすくす笑いながらそれをピアスごとひと舐めして、上がる嬌声に目を細めるのだった。






改定履歴*
20110217 新規作成
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