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キミが教えてくれたこと -2-

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「ん、ん…っ、ぷは、」
「こーら。音也くん、逃げないの」

 今日、そんなボクの腕の中にいるのは一十木音也くん、16歳。この春に早乙女学園を卒業したばっかりの、正真正銘ぴかぴかの新人さんだよ!
 性格は素直でおおらか、初めて会ったときにわからないことは何でも聞いてね、歳もちかいし仲良くしようねって言ったボクの言葉を何の疑いもなく受け入れてくれて、相談に乗ったりいっしょにごはんにいったり、今では彼も気兼ねなくボクのことを名前で呼んでくれるくらいに仲良くなった。
 
「HAYATO、あの」
「ん? どうかしたかにゃ?」

 そんな彼がベッドのシーツに赤い髪を散らしたまま、困ったように眉を下げてボクの名前を呼ぶ声に、再開しようとしていたキスを中断した。もちろん、彼の声を無視してそのまま続けてもよかったんだけど、今日は最近のいちばんのお気に入りだった彼を初めて独り占めできる夜だったから。上機嫌なボクは、彼のことばを聞いてあげることにした。それに、彼の貴重な童貞処女の期間をもうすぐ自らの手で終わらせてしまうのかと思うと、なんだか勿体ない気もしたんだ。

 なかなか次の言葉がでてこない彼の緊張を解すように、そおっと頬に手を触れてみる。メインの照明を落として、ようやくお互いの顔が見えるくらいの明るさの中、まだ他人の肌をしらない彼はどこまでもきれいだった。
 彼の純粋さやまっすぐさをそのまま表すような大きい瞳は宝石みたいに綺麗な赤を宿していて、それとお揃いの色のすこしだけクセのあるふわふわの髪が少年でも青年でもない彼の魅力を引き立ててる。
 こんなにもキレイな音也くんのいちばんの魅力は、大輪の向日葵みたいにあったかい笑顔だ。キレイな彼がふわっと笑うその笑顔はとても眩しくて、ボクはそれをひとめ見た時に気に入ってしまった。

 そうしてホテルの部屋にふたりきりの今、ボクのお気に入りの赤い瞳は、自分の置かれた状況を把握して涙で潤んでしまっている。本当に嫌だったら噛み付くなりなんなりして逃げ出せばいいのにそれをしないってことは、頭の片隅ではこうするしかないってわかってるんでしょ?そういう賢いところも好きだよ、音也くん。

「ほ、ほんとにするの」
「音也くんは、ボクとするの嫌?」
「だって男同士でこんな」
「今更そういうこというかなぁ。教えてあげたでしょ? このギョーカイはこういうところだって」
「でも…」
「ボクのお気に入りになれば、歌うお仕事、貰えるかもよ?」

 純粋に歌が好きっていう気持ちを声にのせてファンに届けていれば、どんどんお仕事は増えていく筈――新人の頃に抱いていたそんな理想論は、もうとっくにどこか遠くの手の届かないところにいってしまった。
 きっと彼の中には、ボクが忘れてしまった理想論が健在なんだろうな。だから、こうやってこの業界の掟に染まるのを嫌がる。それ自体は悪いことじゃないんだよ。

「うわぁ待って待って、そ、それに俺っ、〜〜っは、初めて、だし!」
「うん、初めてだね。わかってるよ? 初々しい反応が可愛いにゃあ!」
「え、あ、そうじゃなくって」
「音也くんは、初めての相手がボクじゃ不満?」
「いや、だからその……ええっと」
「脂ぎったオジサンとかよりは見た目もセックスも勝ってる自信あるんだけど」
「〜〜っ、せ、セック、って」

 けどね、音也くん。いくら優しい先輩でも裏はなに考えてるかわかんないし、歌が好きなだけじゃやっていけないんだよ。それを今日ボクが教えてあげるね。

「……ねぇ、音也くん。ボクがキミを今日誰よりも先にお持ち帰りできたのはなんでだと思う? だいぶ偏った性癖持ち合わせてるプロデューサーとか、複数でヤらせてるのを見て喜ぶディレクターとか。そういう目でキミを狙ってた人たちに色々『お願い』して譲ってもらうの大変だったんだから。」
「ゆ、譲ってもら…?」
「そう。どの道キミは誰かにたべられちゃう運命だったの。大事なハジメテが最悪な想い出なんて嫌でしょ? ボクなら大事に抱いてあげる。むしろ感謝してほしいくらいだよ」

 ――わかったら、ほら、手、退けて。

 音也くんが見慣れているであろう営業用の『HAYATO』の笑顔をひっこめて、声のトーンをひとつ落としてそう告げれば、一瞬の間の後にボクを押しのけようとしていた彼の手からちからが抜けた。その手をそっと退かすついでに、お姫様にするみたいに、手の甲へご褒美のキスを。びくん、と揺れた瞳はまだ困惑していたようだけど、もう抵抗する意思は感じ取れなかった。

「いいこだね」

 うん、いいこ。さすが、あの早乙女さんのお眼鏡にかなっただけのことはある。そうそう、新人は特に、先輩に従う素直さがないとね。その点では音也くん、キミの右にでる子はいないよ。






改定履歴*
20120519 新規作成
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