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Next Stage!-3-

「乗りますか?」

 いつの間にか来ていたバスの運転手にマイク越しに尋ねられて、私はかろうじて首を横に振ることしかできませんでした。直後に独特の懐かしいエンジン音が響いてはっとします。丁寧に聞いてくれたのに今の対応はないだろう、そう思ってももうバスは発車してしまっていてお詫びもできない。人生は一期一会だ、なんて古い言葉を思い出しました。

「暑い、ですね……」

 額からひとつぶ流れ落ちる汗と一緒にひとりでに言葉が零れ落ちます。昼間には真上から地上を照らしていた太陽が時間の経過とともにその位置を少しずつ西に変え、幾分日差しが和らいだとはいえ、やはり暑いものは暑い。すっかり汗をかいてしまったペットボトルの水をこくりと一口飲みこみ腕時計に目をやれば、その針は待ち合わせの16時を10分程過ぎた時間を指していました。
 あれは、私達がまだ早乙女学園に通っていた頃。ギターやサッカー、それから歌うこと。自分の好きなものに熱中し時間を忘れて熱中してしまう癖のある音也と待ち合わせをすると、よくこうやって待たせられる羽目になったことを思い出します。
 アイドル候補生からアイドルになり、トップアイドルと呼ばれるようになって。分単位で組まれる過密スケジュールをこなすようになった私は、いつのまにか彼を待つことも……いえ、待ち合わせをすること自体ができなくなってしまいました。
 でも、今日は特別。今日のスケジュールは、私も音也も先程のCM撮りのみで、それが終わったら直帰することができる。だから10分だって20分だって、それこそ何時間でも、彼が私の元へ来てくれるまで待っていられるのです。
 どんなに暑くてもそれを苦に思わないことが、私の彼への愛情の表れのような気がして、思わず嬉しくなってしまいます。こんな風に音也を待つ時間は本当にいつぶりだろう、彼が来てくれたらまず何と声を掛けよう。そんなことを思いながら過ごすゆったりとした時間は、他の何よりも贅沢なもののような気がしました。
 ふと目をやった視線の先、片側一車線のけして広くはない道路の向こう側には、一面の向日葵畑が広がっています。夏の象徴のようなこの大輪の花は、私の中では、同時に愛しい人の象徴でもありました。



「トーキヤっ、おまたせ」

 ぼんやりと向日葵を眺めていた視界が、明るい声と一緒に私の目の前に現れたいとしい恋人の姿でいっぱいになります。ああ、やっぱり、この笑顔が好き。太陽に向かって全力で咲き誇る向日葵に似た、けれどそれよりもずっとあったかい、私だけ向けられる大輪の笑顔が。

「遅くなってごめんな、スタッフに捕まっちゃって」
「平気ですよ。お疲れさまです」
「うん。トキヤも」
「暑かったでしょう。ここで少し休んで……音也?」

 差し伸べられる手に手を重ねれば、感じるのは私よりも随分熱い体温。驚いて顔を上げると、私の目の前いっぱいにひろがるのは、さっきまでのひまわりの黄色でなく、音也の赤。ほんの少し前に見せてくれた少年のような笑顔とはすこしちがうオトナの瞳が、そこにありました。それを認めるともう身動きなんてとれなくて、私は、こんな公共の場所だというのに恋人からのキスを受け入れてしまったのです。

「っ、ン、――音っ、こんな、とこで」
「あー、やっとキスできたー!」
「なに言って、」
「へへ、ごめん。でもあんなあっつい視線で見つめてくれるトキヤがわるいんだよ。俺今日一日中我慢してたんだからね」

 しまった、気付かれていた。そう思ってかぁっと熱くなった頬は、きっと帰り際に貰ってきたのでしょう、今日散々見た清涼飲料水の冷たいボトルで冷やされました。

「バス、行っちゃったみたいだね。そんなに遠くもないし、のんびり歩いて帰ろっか」

 向日葵畑を背にした音也が、もう一度私に手を差し伸べてきます。手を繋いで帰り道を歩く――普通の恋人同士ならなんでもないようなことが私には難しくて、あと一歩のところで勇気が出ずに彼の手に指先が触れたところで止まってしまいました。繋がる直前の手を、お互いが見つめたままのなんともいえない間の後、私の手は彼のおおきなてのひらにぎゅっと包み込まれました。思わず彼を見上げると、にこっと笑って今度は指を交互に絡めます。

「久しぶりだねっ、外で手繋ぐの」
「は……い、そうですね。けれどその、人通りが多いところになったら、」
「わーかってるって! いちゃつくのは誰もいないところでだけ、ね。街まで歩いたらどれくらい掛かるんだろ。あっトキヤ大丈夫? 体力残ってる?」
「平気です。私だってあなたに負けないくらい、毎日走っていますよ」
「そっかごめんごめん、トキヤって見た目よりずっと体力あるもんな」
「……見た目より、は余計です」
「ごめんって! ねぇねぇトキヤ、それよりもさ、今日ご飯作ってくれるって言ってたやつ」
「あなたの、その切り替えの速さというか……底抜けに前向きな所は尊敬します。はい、覚えていますよ。リクエストは決まりましたか?」
「やった! 俺、カレー! 色々考えたんだけどさ、やっぱ俺トキヤのカレーがいい!」
「カレーですか。……ふふっ」
「何で笑うんだよー」

 本来ならば高カロリーなものとして敬遠すべきカレーですが、音也と出会ってから何度作ったでしょう。もうきっと、二桁では足りない。早乙女学園を卒業しても、嬉しい時、おなかがすいた時、久々に食事を一緒にできる時間がある時。彼がリクエストするのはいつだってこのメニューでした。今日も予想はしていたとはいえ、目を輝かせて好物のカレーをリクエストする彼の表情を見ると、ほっとして思わず頬が緩んでしまいます。
 そんな私の表情を見た彼が、またあの太陽のような向日葵のような笑顔を見せて。こうやってふたりでいる以上のしあわせなんて、きっと世界中のどこを探してもありません。

「いえ、ただ、あなたは何年経っても変わらないな、と思いまして。久々に会うときは必ずカレー。こどもみたいで、……可愛い、です」

 ――やっぱり、音也と離れるなんてできない。海のむこうに渡ってしまえば、この笑顔が見れなくなってしまう。私は、音也と一緒にいるのがなによりのしあわせなんです。歌ならば米国でなくても、どこでも歌える。そう、彼が隣にいてくれれば。
 彼の笑顔は、一週間掛けて導き出したこの答えを、確固たるものにしてくれました。音也も私も、初めて会ったころから何も変わっていない。きっと、ずっとこのまま、ふたりでいるのがいちばんのしあわせ。






改定履歴*
20120407 新規作成
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