Next Stage!-2-
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『歌をうたうことが好き』その一心を胸に抱き、おおよそ尋常では考えられないくらいに多忙な日々を駆け抜け、今年でデビューして6回目の夏を迎えた私達は、幸いなことに世間からトップアイドルと呼んでいただけるようになりました。
いつの頃からか外出時に欠かせなくなった帽子と眼鏡には随分慣れたつもりでいましたが、こんな夏の暑い日はそれも少し鬱陶しい。
私は目的地のバス停に到着すると、きょろきょろと周りを見回して人通り――特に、私や音也を知っていそうな、いわゆる若者と類される人物――が極端に少ないことを確認すると、帽子と眼鏡を外しました。途端にひゅうと強い風が頬を撫で、その気持ちよさに思わずほうっとため息が漏れます。
今日は、この町外れの小高い丘の上にある広い公園でのCM撮影でした。早朝、そこに向かうロケバスの車窓から、私達は今時珍しい三方を壁で囲われたこの木造のバス停を見つけたのです。
『トキヤ、今日さ、一緒にバスで帰ろう。撮影終わったらここで待ち合わせ。ねっ?』
私の耳にくちびるを寄せ、音也がそっと囁くふたりだけの内緒話。『待ち合わせ』というどこか甘酸っぱいその言葉は私の耳に殊更甘く響いて、私はもう今日一日中、それこそまるで初めての恋に落ちてしまった少年のように、彼から目を離すことができませんでした。
折りしも今日の撮影は清涼飲料水のCMで、音也に与えられた役はサッカープレイヤー。青空の下ボールを追いかける、その眩しいまでに真っ直ぐな姿は学生時代から全く変わりません。真剣なまなざしも、ゴールできた時の笑顔も、私が音也を好きになったあの頃と同じ。
そう、私も音也も、あの頃よりいくらか身長が伸びて、すこしだけうまく歌えるようになった――それくらいしか自覚できる変化はないのです。それでも、必死に仕事をこなすうちにわたしたちへの世間の目はただの新人アイドルからトップアイドルへと劇的な変化を遂げました。そうして、所属事務所の考えもまた、変わったのです。
W1としてデビューした私達でしたが、最近では二人揃っての仕事の方が少なくなりました。有難いことに私も音也も俳優業やバラエティの仕事を頂き、それぞれソロで歌わせてもらって。W1とは違う、『一ノ瀬トキヤ』としての歌手活動が楽しくなかったとは言いません。ファンの方からも好意的に受け入れられ、売り上げも順調。けれどやはり、私は音也と一緒にいるのが好きで、どれだけソロ活動が多くなっても私の本質はW1だと、そう思っていたのです。
『Mr.イチノセ、YOUは世界を舞台に歌いたくはありませんか? 今ならミーが米国で華々しくデビューさせてあげます』
だから、先日この話を聞かされた時には、本当に寝耳に水のような状態で返事などできませんでした。よくよく話を聞いてみれば、この秋公開のハリウッド映画の主題歌を歌ってみないかとオファーがきたとのこと。嘘のような話ですが早乙女さんがそんな嘘を言う必要などどこにもなくて……。
いくらトップアイドル呼ばれようと、それはこの小さな島国でのこと。世界で歌える、しかも映画の主題歌に起用していただけるだなんて、正直身の丈に余るほどの光栄なことです。そんなことは理解できています。このチャンスを逃せば、きっともう二度目はないことも。
ただ、問題なのは、オファーがあったのは『一ノ瀬トキヤ』であって『W1』ではない。渡米するならば、ひとりでということです。
歌を、うたいたい。
ただそれだけを願ってHAYATOからの脱却を図った私にとって、世界を舞台にたくさんの人に聴いてもらえる今回のチャンスは願ってもないものでした。きっと以前の私ならば、ひと呼吸おくことすらせずに了承していたでしょう。
けれど今の私には、それができませんでした。歌をうたいたい、その望みより遥かに大事にしたい想いがあったからです。
『何も今この場で返事をする必要はない。話を受けるのならばユニットは休止なり解散なりすることになるだろう。一十木ともよく話し合いなさい』
そんな私の迷いを見透かしたように、早乙女さんは一週間の猶予を下さいました。
改定履歴*
20120407 新規作成
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