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ゆびきり

 ボクは毎日普通では考えられないような早起きをする。
 まだ朝日なんてでないうちにテレビ局に行って、ヘアメイクしてもらって、『いつも笑顔のトップアイドル』としての期待に応えるべく朝一番のおはやっほーニュースで笑顔を振りまくんだ。ボク自身の体調なんて関係ない、ましてや気分なんてもっと関係ない。どんなに気分の落ち込んだ日も、それを表に出すことなんて許されない。さらに移動中も休憩中も関係なしだ、ボクは人目に触れるところでは常に笑顔でいなきゃいけない。
 自分で選んだこの仕事に、不満はないよ。むしろ、仕事をもらえて嬉しいし、ボクのことをすきって言ってくれるたくさんのひとたちには心から感謝してる。

 けれどやっぱり、ボクだって人間だから、たまには疲れてしまうわけで。
 そういうときは、だいすきなひとと二人、どこかに逃げてしまいたくなるよ。



****
 久しぶりに会えた恋人を腕の中に抱きしめたまま、彼を起こさないように思い切り片手を伸ばす。ようやく触れた指先でカーテンを引くと、窓の外いっぱいに広がる夜空がボクを迎えてくれた。こうやってベッドに寝転んだまま夜景を見れるこの場所は、この部屋で一番のお気に入りポイントだ。

 ここはいわゆる都心と称される場所だから、周りのビルの明かりで、見える星の数は福岡の実家の満天の夜空には遠く及ばない。けれど今日はうすく煌く月が弧を描いていて、それが見えるだけでも十分だ。
 このときばかりは、ボクにこの高層マンション上階の一室を与えてくれた事務所に感謝したい気持ちでいっぱいになる。たとえ同じ事務所に与えられる仕事で、息をつく間もないくらいに張り詰めた日々を送っていても。



「HAYATO……?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ん……へいき」

 星空をぼんやりと眺め始めてどれくらい経った頃だろうか。先程まで静かな寝息を立て、すやすやとよく眠っていた恋人が、寝惚けたような声をあげた。きっとまだ眠いのだろう、目元をむにゃむにゃと擦る様子が、彼のこどもでもオトナでもないこの時期特有の魅力を何倍にも増幅させる。
 でも、彼は仮にもアイドル候補生だ。そんなに擦ってしまって痕にでもなったらたいへん。ボクは音也くんの手をそっと退けて、かわりにと眠そうな目元にキスをした。擽ったそうに擦り寄ってくる様子がかわいらしい。

「ふふ、くすぐったいよHAYATO。ね、なにみてたの?」
「ん? きれいな三日月だな、って思って」
「三日月?」
「なんだか、夜空が笑ってるみたいだにゃぁって思わない?」
「……ほんとだ」

 ボクの右腕を腕枕にして、こてんとくっついたまま夜空を仰ぐ横顔に思わず目を奪われる。ようやく顔が見えるくらいの薄明かりの中、それでも目を惹く鮮やかなガーネットに、つやつやの唇。長い睫毛が彼の目元に作る影すらも、きれいだと思った。

「夜空も、なにかいいことあったのかな」
「ボクたちみたいに?」
「そう、俺たちみたいに」

 だって俺、今日久しぶりにHAYATOに会えるの楽しみにしていたんだよ。
 そう言ってボクを視線だけで見上げる音也くんの笑顔に、心臓がきゅうっとくるしくなる。だってボクも同じことを思っていたんだ。積み重なる仕事に押しつぶされそうな日々だって、音也くんに会えることだけを楽しみに乗り越えてきたんだよ。
 どうしよう、どうしよう。すごく、すきだ。


「ねぇ音也くん」
「ん……?」
「このまま、どこかへ2人で消えてしまおうよ」

 すき、が止まらなくて、思わず口をついて出たことばに我ながら呆れてしまった。好きすぎて誰にも邪魔されないところで独り占めしたい、だなんて、ボクはいつの間にこんなに独占欲が強くなってしまったんだろう。
 音也くんにこんな独占欲の強い男はいやだと思われでもしたらどうしよう。ようやく手に入れたボクの宝物を失うことになったら、泣いても泣ききれない。
 そう思ったボクが焦って自分のことばを否定しようとした瞬間目に入ったのは、満面の笑みを浮かべた恋人の表情だった。

「うん!」
「え、……いいの?」
「うん、HAYATOと一緒だったらどこでも楽しいよ! HAYATOはどこがいい? 俺はね、うーん、やっぱあったかいとこがいいなぁ。沖縄とか? あっでも、HAYATOは日焼けとかしちゃダメなんだっけ、じゃあどこにする? ……HAYATO?」

 さっきまで眠そうにしていた大きな目を輝かせて、にこにことご機嫌で行きたいところを話す音也くんの笑顔が、ボクの心配なんてまったく的外れだったってことを教えてくれた。返事ができずにいるボクの目の前でひらひらと手を振ってみせる仕草が、甘えるようにくっついたままの肌のぬくもりが、心底愛しい。

「日焼けしてもへいきだよっ、あったかいとこかぁ、そうだにゃ、じゃあおもいきって南の島にいこう!」
「ほんと!? じゃあおれ、すっごく遠くがいい、まいにち晴れてて、海がすっごくキレイなとこ……、あっパスポート取らなきゃ!」
「うん、誰もボクたちを知らない遠くの国がいいにゃ」
「俺もっ! どうせなら周りの誰も行ったことないくらい遠くの国がいいな。なんだか冒険みたいで、わくわくするね」

 どんなに非現実的なことを言っても、それに素直に答えてくれる恋人の笑顔が、仕事で疲れきっていたこころをふんわりと包む。かちかちに凍り付いていたボクのこころは、音也くんの太陽みたいなぽかぽかのこころにふれて、今ゆっくり、じんわり少しずつだけど、とけてゆく。その雫が涙になったみたいで、いつのまにか目いっぱいにたまって、せっかく近くにいる音也くんの姿が滲んでしまった。

「……HAYATO? たのしみすぎて泣けてきちゃったの?」
「えへへ、うん、そう」
「もう、HAYATOはかわいいなぁ」

 かわいいのは、音也くんだよ。どうしてそんなにボクを癒してくれるの?
 どんなに打ちのめされていても、キミが隣にいてくれるだけで、がんばろうって思える。キミが笑いかけてくれるだけで、へとへとになったこころが元気を取り戻すんだよ。キミはそのことにきっと気付いてないんだろうな。
 そんなことを思いながら、彼のほんのり癖のある赤い髪を撫でてあげる。音也くんは嬉しそうに目をつむって、ボクに抱きついてきてくれた。素肌に触れるあたたかい頬の感覚がここちいい。

「ね、HAYATO、ゆびきりしよ?」

 しばらくそうして、のんびりした時間をすごしていた音也くんが不意に起き上がって、小指を差し出してきた。

「ゆびきり?」
「そう。仕事でいっつも忙しいHAYATOが、俺との約束忘れちゃわないように」
「――っ、音也くん、それって」
「疲れて疲れて、もーだめってなる前に、俺に教えて。そのときはあったかい遠くの国にふたりで逃げちゃおう。ねっ?」

 思いがけない音也くんの言葉に、それまでなんとか留まってくれていた涙がぼろぼろと零れてしまうのがわかった。あぁ、気付かれていないと思っていたけど、そんなの気のせいだったんだ。ボクがへとへとに疲れているのも、全部投げ出して遠くに逃げたいって思っているのも全部わかって、その上でわざと甘えてくれたんだね。

「……うん。ありがとう。音也くん、すき。すきだよ。ほんとうに、すき……」
「俺も。HAYATOのことがすきだよ。だから頑張りすぎないでね」
「ん……」

 こどもじゃないんだからこんなに泣いてしまうなんて恥ずかしいと思うけど、絡めた指先の体温が温かくて、宥めるようにボクの髪を撫でてくれる音也くんのやさしいてのひらの感触がうれしくて。
 ボクは明日目元が腫れてしまうかも、なんてことを頭の片隅に追いやって、音也くんをぎゅうっと抱きしめたまま、気が済むまで泣いた。





end

改定履歴*
20120308 新規作成

YUKIちゃんの『ひみつ』を聴いててあーこれHAYA音だなって思って書いたお話です。HAYATO様が弱っちゃうのも可愛いと思うんです/このままどこかへ2人で消えてしまおうよ だれもふたりをしらない遠くまで
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