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死の外科医と呼ばれた男の話

――うちの船長、『死の外科医』、って呼ばれてるらしいっすよ

 ハートの海賊団が立ち寄ったいくつめかの島、街の様子を伺いに行った諜報員がそうおれにそう耳打ちしてきたのは、ローが船長に、そしておれが副船長になってからどれくらい経った頃だったろうか。
 初めてそれを聞いた時には、医者としての腕前は超一流(ただし自船のクルー以外にその手腕が発揮されたのは片手で足りる程だ)、ほっそりとしたからだからは想像できない気まぐれで残忍な性格のローをうまく表した通り名だ……と、思わず関心したものだ。

『へェ、死の外科医……ね』
『船長』
『せん……っ、お、俺、失礼しますっ!』

 おれたちの会話が聞こえたらしいローが本棚の影から姿を現す。いつもどおり口角の上がった表情は、一見するとご機嫌だが――、同時に、背筋にひやりとしたものが走る恐ろしさも孕んでいた。
 ローがこうやって口角を上げているときには、本当に機嫌のいい時とその真逆。触れたものをあっさり壊してしまう程に機嫌の悪い時があるからだ。それがヒトであろうとモノであろうと関係ない。諜報員としての腕を買われて数ヶ月前に船に上がった新入りには、到底その判断などつかなかったのだろう。

『ええ。気に入りませんか』

 けれど、おれには全部わかる。おさない頃からずうっと一緒に育ってきたのだ。嬉しいのも、苛ついている時も、楽しいのも、ローの気持ちならすべて。普段からあまり感情を表に出さない上に、目深に被ったお気に入りの帽子で視線を隠す本当にわかり難い男だが、――この声はご機嫌の時のもの。

『いいや? 通り名が付くとは、おれもいっぱしの海賊になったモンだって思ってな。そうだろ?』
『……そうだとしたら、遅すぎるくらいです。あなたはもう十分過ぎるほどに海賊だ。このノースブルーに敵はいないでしょう』
『ふふ、』

 ほら、正解だ。今のローは最高に機嫌がいい。読みかけの本をそのままに、おれの首筋に両手を回してまるでキスをねだる姿勢の彼の視線は、うっとりするほど扇情的だ。職務もなにもかも忘れてこのまま、立ったまま行為に及んでしまいたくなる。

『なぁペンギン』
『はい』
『早く行きてぇな』
『――はい』
『おれが連れてってやる、とか言わねぇの』
『あなたが、の間違いでしょう? この船の船長はあなただ』
『……』
『おれたちクルーは、あなたについていくだけです。あなたの視線の先を一緒に見据えて、何があろうと、ずっと』
『なにが、あろうと?』
『ええ。何があろうと、です。そうして、あなたに最高の称号を手にしてもらう』

 首筋に回された手に応えるように細腰に手を回せば、あまえるようにすりよってくるからだ。今日のローは、気まぐれな猫そのものだ。その手をとって、刺青の鮮やかな甲にひとつキスを落とす。ずっと昔から変わらない、敬愛のキス。

『……ペンギン』
『はい』
『あいしてる』
『知ってます』

 お返しに、ちゅ、とかわいらしい音をたてて返されたのは耳たぶへのキスだった。
 耳へのキスの意味は、――誘惑。真意を確かめるべく斜め下にある深い藍の瞳に目をやれば、ロー声に出さずに『はやく』とささやいた。
 全くこの船長には適わない、そう自分に言い訳をしながら愛しい恋人を壁に押し付けたのは遠い記憶だ。




****

「船長」
「ん?」
「どうしても、行くんですか」
「……おまえが、おれに意見するなんてめずらしいな」
「意見、という訳ではないのですが」

 海賊の心臓100個。
 ぽっかりと空いた王下七武海の座に収まる為に秘密裏に政府が出した条件は、ローにとって容易いものだった。

 ローは本当に気紛れな性格で、誰かの下につくのを何より嫌う。何が七武海だ、ローが目指しているのはそんなものではない。おれはもちろんクルーの誰もが、当然蹴るだろうと思った。
 けれど、驚くべき事にローはその条件を受けたのだ。シャボンディ島での一件から数ヶ月のうちに100個の供物は手中に揃い、後は今日、政府から指定されたこの島で、それを政府に引き渡すだけ。
 それで、海賊でありながら決して海軍に邪魔はされない、言わば政府公認の海賊になれる。
 その称号は、確かに便利なものだろう。この広い世界に7人しかいない、いわば海賊の最高峰だ。




「『死の外科医』」




 けれど、どうしてもおれはそれが腑に落ちなかった。放っておけばあと数十分のうちに引渡しは完了してしまう。そうすれば、ローは晴れて『王下七武海』の一員となり――『死の外科医』ではなくなってしまう。
 気付けばおれは、船の階段を降りてゆくローの背中をそのひとことで引き止めてしまっていた。

「あなたに、その名がついた日のことを覚えていますか」
「……あぁ、グランドラインに入る前だったか。懐かしいな」
「長年連れ添ったその名に、愛着は沸きませんか」

 おれの言葉に歩みを止め振り向いたローの瞳の藍が、薄暗い階段でひときわ鮮やかだった。見るもの全てを射抜くような、冷たい瞳。じっとおれの瞳を見据えて、一瞬たりとも離さない。

「……全く、と言えば嘘になるな。だけど」
「いいです、」

 他の誰かが見れば、それは尻尾を巻いて逃げ出すような殺気を孕んだものだったのかもしれない。けど、おれには全部わかるんだ。嬉しいのも、苛ついている時も、楽しいのも、……それから、哀しいのも。あなたの考えていることなら、何だってすべて。

「いいです。すみません。つまらない感傷に浸りました」
「おい、おまえまさか、おれが政府のイヌになるとでも思ってんじゃねェだろうな」
「……そんなことは」
「王下七武海、結構じゃねェか。利用できるモノはなんだって利用してやるさ、先にあるものはどうせひとつだ」




 余計な事を言ってしまった、と思った。
 ローの深い藍に映っていたのは、哀しみだ。まだまだ駆け出しの海賊のころからずっと一緒だった通り名。それがなくなり、代わりに味も素っ気もない称号に変わる。
 寂しい幼少期を過ごし、クルーごとまとめて『ハートの海賊団』を誰よりも大事にしているローにとって、そのことは耐え難い苦痛だろう。そんなこと、わからなかったわけではないのに。

「いいか、おれがほしい称号はただひとつだ。それ以外の全てはそのための布石に過ぎねェ。通り名が変わってもおれは変わらねェし、おまえらだって――」
「わかって、います。いくらあなたの通り名が変わっても、本質は何も変わらない。おれたちだって」
「……それなら、いい」

 このひとは、海賊だ。海賊で、幾多のクルーを纏める船長。己の出した結論に対して弱音を吐くことなんて許されない。たとえそれが、王下七武海になるという一生のうちで1、2を争う程の大きな賭けであっても。
 この数ヶ月で何が変わっただろう。何も変わってはいないではないか。今腕の中にいるのは、敬愛する船長でいとしい恋人。おれはただ、この人の夢を見届ける為に傍に居ればいいんだ。あの日約束した通り、なにがあっても。

「――おれだって、何も変わらない。あなたの部下で、恋人です」

 ぎゅうっと抱きしめると、細くしなやかな手が俺の服をきゅっと握りこんだ。彼の顔があたる部分に、あたたかい涙の温度を感じる。階段1段分の高低差は、プライドの高い彼の不安げな顔を都合よく隠してくれた。





end

改定履歴*
20120307 新規作成
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