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家庭教師のHAYATO先生 -1-

 一ノ瀬ハヤト、19歳。身長179センチ。
 小さな頃からうたうことが好きで、将来のことはまだわからないけど一生音楽に触れていれたらいいなって思ってて、そのために今は音大に通ってる。学校柄、これぞお嬢様っていうキレーな女の子がたくさんいて、それなりに仲良くしてるんだけど、残念ながら彼女はいません。

 でもね、最近、好きな人ができました。




「先生、ハヤト先生ってば」

 何度もボクの名前を呼ぶ声に、ぽわんと空中に浮かんでた意識の糸を慌てて手繰り寄せる。手にした参考書に落としていた視線を声のするほうへと向けると、拗ねたようにほんのり上目遣いでボクを見上げる赤い瞳と視線が合った。

「せ・ん・せ・い!」
「ッ、はい!」
「もー、俺の話聞いてくれてた?」
「え…っ、と、」

 この魅力的な瞳の持ち主は、一十木音也くん、15歳。
 ギターとCDで埋もれた部屋の真ん中で、そう大きくないローテーブルいっぱいに問題集と参考書を広げてシャープペンシルを持った彼は、来月に高校受験を控えているいわゆる受験生だ。そしてボクは、彼の家庭教師なんてものをやっている。

「先生最近よくぼーっとしてる。体調でも悪いの?」
「ううんそんなことないよ! 本当にごめんね、もう一回言ってくれるかにゃ? どこかわからないとこがあった?」
「平気ならいいんだけど…。えっと、あのね先生、ココ教えて?」

 『最近よくぼーっとしてる』音也くんの言葉に、まるで自分のこころを見透かされているような感じがしてどきっとしてしまった。自覚もあるし、そうなってしまう原因もわかっているんだ。けれどだからってぼーっとしていいって理由にはならない。
 音也くんが質問をしながらハイって見せてくれたノートはたくさんの数式や試算で埋まっていて、彼が一生懸命に問題に向かっていることが伺える。なのに先生がぼんやりしていいわけないんだ。ボクはひとつ深呼吸をすると、姿勢を正してペンを握った。

「ね、ここ、なんでここマイナスになるの?」
「えっとこれはね…」

 けれど、音也くんが質問をするときに決まって小首を傾げる癖と、じっとボクを見つめる瞳。まるで自分が可愛く見える角度や表情を全てわかってて誘われてるんじゃって勘違いしてしまうくらいの可愛さに、ボクは質問をされる度平静を保つのに精一杯だ。
 これが無意識だっていうんだから本当に始末が悪い。今だってそう、『あのね』以降少しだけ声が甘えるように高くなっていることに、きっと彼は気付いていない。そしてその声に、ボクの心臓がどくんって音を立てて鼓動を早めていることも。

「あーもーわっかんないよー…。もうすぐ入試なのにどうしよ先生、俺泣きそう」
「あはは、だーいじょうぶだにゃ! ちょっとひっかかってるだけで、音也くんならすぐわかるよ。はいカフェオレのんで、ひと息ついて、一緒にがんばろー!」
「うぅ…はい」

 音也くんの、ひとを惹きつけるちからっていうのはすごいと思う。拗ねたと思ったらおねだりして、かと思えば泣きそうな顔を見せて。くるくる変わる表情や、考え込む時に口元にシャープペンシルを当てる癖とか、本当に可愛いなぁと思って見てたらいつの間にかね、すきになってしまっていた。
 だからつい、真剣に問題集に向かっている姿に見惚れてしまうんだよ。
 言い訳だってことはわかってる。でも、事実これが、最近ぼーっとしてしまう理由その1。


「――だから、こうなるの」
「えー…あっ、そっか!」
「わかった?」
「うん! ありがと先生!」

 見るたびにかわる音也くんの表情の中でも、一番すきなのはこの瞬間だ。彼の『ありがとう』の表情は、満開の向日葵みたいに元気であったかくて、見ているこっちまで嬉しくなる。

 床に敷いてあるふかふかのラグはまっしろであったかいし、ボクに向けられた音也くんの笑顔は可愛いし、彼の味覚にあわせて淹れられたカフェオレは、彼の声みたいにあまくておいしい。ここはまるで天国みたいだ。こんなことでここまでしあわせになれるなんて、音也くんに出逢えてほんとによかったにゃぁ、ボクはそう思いながらうれしそうな表情で褒めて欲しそうにしてる彼の明るい色をしたふんわりやわらかいくせ毛を撫でてあげた。

「あはは、せんせーくすぐったいよ」
「音也くんがいいこだから仕方ないにゃっ」
「…俺、先生にこーやって撫でられるのすっげぇ好き。兄ちゃんがいたらこんな感じかなーって、憧れる」
「そう? ふふっうれしいにゃあ。音也くんががんばったら、いくらだってナデナデしてあげるよっ」
「んっ、わかった、俺がんばるねっ!」

 シャープペンシルを持つ手も、声も、どこをとったって彼は間違いなく男の子。それは百も承知なんだけど、ボクはもうすっかりこの生徒さんの魅力の虜になってしまった。
 だって、大学で見るどのお嬢様よりもずっとずっと可愛いんだ。まっすぐで素直で、明るくって。ボクは正直言って、音也くんより可愛いコを見たことないよ。


 だから忙しい大学生活の合間を縫ってこのバイトに通うのもすごく楽しいし、メールで質問がきたりすると、契約外だってわかっててもついつい返信しちゃったりする。けれど、もう今は2月で、どんなに長くてもバイトはあと一ヶ月で終わりだろう。受験が終わってしまえば、家庭教師までつけて一生懸命勉強する必要なんてなくなるんだから。
 そうしたら彼に会うのもおしまい。名前を呼ばれる度、ありがとうって言われる度にひっそり感じていた幸福感ともさよならだ。それがどうしようもなく寂しくって、最近は柄にもなく凹んでしまったりもする。
 これが、ぼーっとしてしまう理由その2だ。

 以上!2つの理由で、先生は授業に身が入りません。
 うーん、だめだね、こんなんじゃ。ちゃんと音也くんが志望校に合格できるようにがんばらなきゃ!



 とはいえ、この恋心をなかったことになんかできそうにもないから、どうしたらいいかって考えたんだ。この片想いを解消して、音也くんを無事志望校に合格させる方法はないかなって。

 考えて考えて導き出した答えは、『ボクは家庭教師をがんばって、音也くんが無事志望校に合格できたら、告白する』これだ。
 片想いを解消するには、想いを伝えるしかない。でも、今のタイミングはだめ、彼の勉強の妨げにはなりたくないから、伝えるならば彼の受験が終わってからだ。『無事志望校に合格できたら』ってすることでボクも授業に集中できるし、まさに一石二鳥!だね!

 大丈夫、前回もその前の模試も、音也くんは十分合格圏内にいる。だからあとは、焦って変なミスをせずいつもの実力を出せるように受験の雰囲気に慣れるだけだ。

 あぁでも本当に、音也くんに好きって言ったらどうなるんだろう。好きと伝えて、もし彼が受け入れてくれたら、高校生になった音也くんとも一緒にいられるんだ。先生と生徒っていう距離じゃなく、もっと近くで、名前を呼んでもらえるかも。
 え?受け入れてもらえなかったらどうするんだって?
 うーん、そうだね、でも、たぶん、それはない。だって知ってるんだ、ボクが音也くんの髪を撫でるたび、視線を合わせてイイコだねって言うたびに、彼の鼓動がドキドキ早くなってるってこと。すべすべでさわり心地のいい頬だってほんのり赤くなっちゃって、ボクが知る限り、あれは好意を抱いている相手に対する反応だ。

 頬を撫でるだけであんなになってしまうんだったら、ぎゅうって抱きしめたらどうなるんだろう。キスをして、呼吸が触れて心臓の音が聞こえるくらいに近い距離で、すきって伝えたら?俺もすきだよって笑ってくれるかな、それとも照れて俯いてしまう?
 浮かんでは消える彼の反応がどれも愛しくって、もう受験が終わるのが待ち遠しくて仕方ないよ。






改定履歴*
20120222 新規作成
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