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お兄ちゃんはかわいい弟の恋を応援しています! -1-

「おーとや、くんっ」

 歌番組の収録のため訪れていた音也とトキヤの楽屋に、明るい声が響き渡る。聞きなれたそれに反応した音也が振り向くよりも早く、声の主はその背中にぎゅうっと抱きついた。

「わぁっ」
「おーはやっほー!」
「おはやっほー! びっくりしたぁ、HAYATOも今日はここで収録だったの?」
「そうだよっ! えへへ、音也くんは今日も可愛いにゃあ」

 普段はテレビでファンに向けて振りまいている笑顔をたったひとりの為に惜しみなく発揮して、音也の首筋に自身の頬をすり寄せ仕上げとばかりに頬へちゅっと軽いキスをひとつ。これは特に親しい相手に会った時のHAYATOの癖なので、最早誰も驚いたりしない。現にタイミングよく音也のヘアメイクを済ませたスタッフは、二人の仲のよさににこにこ微笑みながらぺこりと会釈をして楽屋を出て行った。トキヤがこの場にいれば、人前で抱きつくなんて子供じゃないんですからと窘めてくれたかもしれないが、生憎彼は先程撮影の合間を縫って行われる雑誌のインタビューへと行ってしまった。誰にも止められないのをいいことに、HAYATOは椅子に座った音也に後ろから抱きついたままで、音也の耳に形のよい唇を寄せてこっそり囁く。

「音也くん、トキヤとはもう両想いになったかにゃ?」
「!! …しーっ! HAYATO、こんなとこで言っちゃダメだって! 誰かに聞こえちゃうよ!」
「あは、ごめんごめん、でも今はボクと音也くんふたりっきりだにゃ〜。それに音也くんのが声おっきいよっ」
「う…大体そんな、ニ、三日で急に進展したりしないよ」
「音也くんは普段人懐っこいのにこういうことに関しては意外と奥手だにゃぁ」
「それは…そうだよ、だって俺、恋…とか初めてだもん」

 音也とHAYATOは、ひとつ秘密を共有している。それは他でもない、音也の恋心だ。相手は、音也のユニットの片割れで、HAYATOの双子の弟であるトキヤその人である。
 音也がトキヤとユニットを組んで程なくして迎えた初めてのテレビ局での収録、そこで音也とHAYATOは初めて言葉を交わした。業界の先輩であるHAYATOの楽屋へ訪れてユニットの片割れを紹介する弟と、その隣でがちがちに緊張していた音也。

 ふたりの間に漂う空気が普通のそれとは違う事には、すぐに気付いた。冷静沈着、ともすれば冷たいと受取れてしまうような口調でなんでもないふりを装っていようと、トキヤが音也に向けるまなざしはとても優しい愛しさが隠しきれないものだったし、音也は緊張していても隣にいるトキヤを見て視線が合う度にほっとした表情を見せ、にこにこと向日葵のようにあたたかい笑顔を浮かべて大好きなのだという感情を隠そうともしていないように見えた。

――ん〜〜っ、とーっても可愛いにゃあっ!ボクも音也くんと仲良くなりたい!

 音也への第一印象は、その一言に尽きる。HAYATOはそのかわいらしい口調と性格が相俟って猫だと称されることも多いが、本当に猫だったらきっと音也の足元に擦り寄ってごろごろと喉をならして甘えていただろう。それくらいに、音也のことを一目で気に入ってしまったのだ。

『音也くんはじめまして、HAYATOだにゃ! いつもボクの弟がお世話になってますっ! これから、ボクとも仲良くしてねっ?』
『えっ!? いや、俺…ちがう僕こそ、いや、こちらこそお世話になってま…っ痛って、舌噛んだ! あのっ、よろしくお願いします!!』

――早く、はやく仲良くなりたい。大好きなトキヤと音也くんと3人で一緒の時間を過ごせたらきっと楽しいにゃあ!

 HAYATOがそんな想いを込めた最高のアイドルスマイルに添えたはじめましての挨拶は初対面でがちがちに緊張していた音也のこころをふわりと包みこみ、彼本来の人懐こい性格も手伝ってふたりはあっという間に仲良くなった。

 それから、3人は仕事で顔をあわせる度に話をするようになった。HAYATOを兄のように慕う音也に連れられたトキヤがHAYATOの楽屋に訪れることもあれば、HAYATOが収録の合間を縫って二人の楽屋に遊びにくることもある。3人での話題は歌のことや映画、ドラマのことが主だったけれど、HAYATOと音也ふたりになれば、ふたりの話題は専らトキヤのこと。

 もちろん最初にその話題を持ち出した際には、音也は必死に誤魔化そうとしたのだが、顔を真っ赤にして焦りながら『違うよ! 気のせいだよ!』と言われては、まるで『はいそうですトキヤのことが好きですトキヤちょうかっこいい! すき!』と言っているようなものだ。それをそのまま告げると、音也は顔を真っ赤にしたまま俯いて、しばらく後に『誰にも内緒にしててね…?』と上目遣いで見上げてきた。まるで彼は自分が一番可愛く見える角度や視線までを把握してやっているのではないのかと思ってしまう程のあまりの可愛さに、どくんと心臓が跳ねてしまったことを覚えている。そして、ああ、トキヤもこの可愛さに持ってかれたのだな、とやけに納得してしまった。

 これでキスはおろかまだ付き合ってすらいないというのだから、小悪魔だにゃあ、と思う。トキヤはこんなに可愛いいきものとずっと一緒にいて何もせず我慢だなんて、つらくないのかな、と他人事ながら心配になってしまう。堅物で慎重な彼は同性との恋愛に今一歩踏み切れずにいるのだろうか。それとも、音也と付き合う直前の甘酸っぱい雰囲気を楽しんでいる?どっちにしたって、傍から見ていてじれったい。可愛い弟とその想い人、双方に幸せになって欲しいのだ。根っからのお兄ちゃん気質であるHAYATOは、音也の恋の相談相手になることで、ふたりが恋人になるのをこっそりと応援していた。そうして、今日は2月6日。あと一週間もすれば、あのイベントがある。


「初恋かぁ…可愛い響きだね〜」
「うーん、初恋は実らない、っていうからあんまりすきじゃないんだけど…」
「うんうん、不安だよね?そんな音也くんに嬉しいおしらせがあるにゃっ!」
「え?」
「じゃーん! バレンタインデーでっす! 恋する音也くんにはぴったりのイベントだねっ? 思い切って告白してしまえば、初恋が実るとか実らないとか、そんな不安はなくなっちゃうにゃあ! 音也くん、次に時間取れるのはいつ? ボクと一緒にチョコ買いに行っちゃおうか! それとも一緒に手作りしてみる?」

 思いっきり明るく元気に今日のこの日までとっておいたプランを発表するHAYATOのセリフを聞いたとたん、音也は何か言いたげにぱくぱくと口を動かして、そのままふいと顔を逸らしてしまった。

「ぁんっ、何で顔逸らしちゃうの?」
「な、何でも…」
「…あれれ?音也くん顔まっかだにゃ」
「なっなんでもない、なんでも、ない、よ!」
「その顔は、もしかして」
「わーっ何でもないってばぁ!!」
「もう既にチョコレート準備してある、とか…」
「〜〜っ」

 答えを聞くまでもない、きっと正解だ。見れば、音也は頬だけでなく耳まで真っ赤にしていて、その新鮮なまでに初心な様子にHAYATOのこころがほわっと暖かくなった。

「わーーっホントに? かっわいいにゃあ〜」
「うぅ、HAYATOはいじわるだよ…そういうとこトキヤとそっくり! 俺を苛めてばっかり」
「ボクは音也くんが可愛いから苛めちゃうんだよ? トキヤも一緒だと思うにゃー?」
「!!!! も、おねがいだからこれ以上からかわないで……」
「そっかそっかぁ、音也くん、バレンタインデーにがんばることにしたんだねっ。ボクの弟になる日も近いにゃあ。うれしいにゃあ」
「お、弟なんてそんな…うわぁもうほんとやめて、顔あっつい」

 赤くなった頬の熱を確かめるように両手で頬に触れる仕草がびっくりするほど可愛くて、HAYATOの胸がなんともいえない幸福感に包まれた。嬉しい、あと一週間もすればようやくトキヤと音也は恋人同士になるのだ。自分の大好きな人たちが、今よりずっとしあわせになってくれる。トップアイドルで恋愛はご法度な今のHAYATOにとって、これ以上の幸せはなかった。

「あの、でもね、その…」
「ん?」
「え…っと…」
「うんうん、何か心配事があるの? ボクに教えて?」

 けれど音也は、ひとしきり照れたあとにふと眉尻を下げて不安そうな顔を見せた。猫だと形容されるHAYATOに対して、音也は犬によく例えられる。確かにこんな風にしゅんとされると、ないはずの耳が、ふさふさの尻尾が、垂れてそこにあるように見えてしまう。彼はきっと本気で心配事があるのだろうけれど、HAYATOはそんな不安気な表情までも可愛いと思った。

「…チョコ、渡したい、けど……。トキヤ、カロリーとか気にするからやっぱりだめかなって…」

 しかも、だ。彼の不安を駆り立てるものが、弟のダイエット事情だとは。『何この子たち、もうっ、すっごくすっごく可愛いにゃあ!』と危うく口から出かけた言葉を飲み込んで、代わりに心の中で叫んでおく。しかも顔を真っ赤にして何も言わないHAYATOのことを不思議に思った音也が『HAYATOどうしたの?』と額に手を当ててくるものだから思わず一歩後ずさりしてしまった。

 ――きっとトキヤも、この調子でなんの気なしにスキンシップを計る音也に散々惑わされてきたことだろう。そういえば、3人でボクの家でお泊り会をしたときもトキヤは音也の行動から目を離せずにいて、彼がこてんと寝た瞬間に心底ほっとしたように大きなため息をついていたっけ。小悪魔だとは思っていたけど、これは想像以上だよ音也くん。

 子供のころから業界にいて可愛くきれいな人間は見慣れているはずのHAYATOだって惑わされてしまうくらいに、音也にはひとを惹きつけるちからがあった。彼は無自覚だから、これまでは他人にもこうやって接していて、トキヤはさぞやきもきしたことだろう。けれど晴れて恋人になれば音也のことを堂々と独り占めできる。音也だって、これほど想っている相手に目に見える形で愛されるのはきっとうれしい筈だ。

「だーいじょうぶ、きっと想い伝わるにゃっ!」

 弟と音也の恋を応援するのだという謎の強い使命感に駆られたHAYATOは、音也の両肩に手を置いて視線を合わせると、とびきりの笑顔で全力の応援をした。

「ほんと…?」
「こんなにカワイイ音也くんからのチョコ、嬉しくないわけないでしょー?」
「迷惑じゃないかな」
「迷惑なんて、そんなのあるわけないにゃっ! トキヤはきっと、ありがとうって言ってくれるよ。もしかしたらぎゅうって抱きしめてくれるかもね?」
「そ、そんな…」

 先程までぺたんと垂れていた耳と尻尾が、みるみるうちにぴんと元気を取り戻したように見えた。そして、うれしそうにぱたぱたと振っているような幻覚までも。ああもう、本当によかった。これでふたりはしあわせになれるね、お兄ちゃんはうれしいよ。

「HAYATO、ありがとう! 俺っ、なんか勇気出たよ!14日がんばってみるね…!」
「うんっ、音也くんの恋が実るようにHAYATOは全力で応援してるにゃっ」

そこまで話したところで別件の仕事で席を外していたトキヤが楽屋に戻ってきてしまい、音也とHAYATOは思わず顔を見合わせてくすくすと笑いあったのだった。






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20120206 新規作成
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