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秘密 -8-

 静かな玄関に、抑え気味のふたり分の声が響く。声が抑え気味なのは、今が早朝というのもためらわれるくらいに早い時刻だからだ。靴箱の上に置いてある小さな置時計の針は、午前3時50分を指していた。

「…じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」

 暖かそうなコートを着て、ブーツを履いて、ニットの帽子を被り手袋をして。どこからどう見ても暖かそうな格好に身を包んだハヤトは、そのままドアに向かって一歩踏み出すかと思ったところでくるりと振り向き、自分を見送ってくれている弟に向かって両手を広げた。

「とーきやっ」

 にこぉ、っと満開の笑顔を向けられると、朝に弱いトキヤだってすっかり目が覚めてしまう。高校生にもなってこんなこどものような仕草が似合うのはあなたくらいです、と心の中で呟きながらも、つられて笑顔になるのを止められずにいた。ハヤトは、最愛の弟の花が綻ぶような笑顔にきゅうっと胸の奥がくるしくなるのを感じながら、一歩自分の方に歩みよってくれたトキヤをふわりと抱きしめる。そうして、トキヤの耳の傍に唇を寄せて呟くのだ。

「トキヤ、今週末はどう?来れそう?」
「善処します。私も、あなたに会いたいです…、から」
「ふふ、うん。じゃあ週末まで、ボクのこと、忘れないでほしいにゃ?」

 まるで愛を乞うようなあまさを含んだその響きに、今度はトキヤの胸が愛しさで締め付けられる番だった。


 朝に弱いトキヤが、こんな時間にハヤトを見送るのには訳がある。上京して以来ずっとこのマンションで一緒に暮らしていた双子だったが、今年の春にトキヤはアイドルとデビューする夢に向かって早乙女学園に入学することになった。早乙女学園の規律はそう厳しくはないが、ふたつだけ絶対に破ってはいけない規則がある。『恋愛禁止令』と『全寮制』だ。前者は特に問題ないどころか、トキヤにとっては言い寄る女子生徒がいなくて好都合なくらいであった。しかし、問題なのは後者だ。今時めずらしいくらいに古めかしいこの規則によって、ふたりは別々に暮らすことを余儀なくされた。
 大好きな兄弟と離れ離れの生活を送ることになるのは、トキヤとハヤト、双方にとってつらいことだった。特にトキヤは、ハヤトと離れることを厭うあまりに一旦は決定した入学を辞退しようとしたこともある。けれど、『自分の歌を歌いたい』というトキヤの夢を知っていたハヤトが、全力で説得したのだ。

『やっぱり辞めます、ハヤトを一人残してなんて行けません。食事も掃除も、洗濯だって私がしないと』
『だーいじょうぶっ、ボクはおにいちゃんなんだよ? こうみえてもわりとしっかりしてるにゃ! だから安心してトキヤはトキヤの夢の為にがんばって』
『〜〜っ、ごめんなさい今のは言い訳です。本当は、私があなたと離れるのがいやなんです。一年もだなんて耐えられません、何か、別の方法を…』
『ねぇトキヤ、ボクたちは兄弟で、ずっとずっと一緒にいれる。長い一生のうちのたった一年だよ』
『でも…っ』
『それに、何もずっと会えないわけじゃない、早乙女さんは外泊は自由だって言ってたでしょー?』
『…週末、会いに来てもいいのですか?』
『トキヤの時間が許すなら、毎週だって構わないよ』
『迷惑じゃありませんか…?』
『ボクはたくさんトキヤに会えるの、うれしいにゃあ』

 それでようやく、トキヤは夢の実現に向けて早乙女学園で一年を過ごすことを決心したのだ。何もトキヤだって、暇なわけではない。むしろ競争率200倍と言われる早乙女学園でも特に成績優秀な者だけが在籍を許されるSクラスに所属していて、課題にレッスン、ボイストレーニングにと目の回るような忙しさだ。それでもなんとか時間を捻出しこのマンションに通っていたが、特に卒業オーディションを目前に控えた最近ではそれも難しく、今週は久し振りに週末をこの部屋で過ごした。
 もちろん、ハヤトは職業柄土日だからといって休みをもらえるわけではない。それでも、ハヤトのために食事を作って、少しの時間だけでも一緒に過ごし、何気ない会話を交わすだけで、トキヤは元気を補充することができた。夢のような時間はあっという間に過ぎてしまい、今日はもう月曜日。おはやっほーニュースの収録へと向かうハヤトを送り出したら、自身も早乙女学園という日常に戻らなくてはいけない。



「トキヤ?ボクの話聞いてくれてる?」
「え、あ、――っ、んむ」

 はじめてくちびるを重ねたあの日から、ハヤトとトキヤがキスをするのはめずらしい事ではなくなった。きっかけを作るのはハヤトからの日もあればトキヤの日もあるけれど、朝の見送りの時には必ずハヤトからトキヤにキスをする。ふわりと触れて、次は深く。これからの数日間会えなくなってしまうのを惜しむような、やさしくてあまいキスが、トキヤは言葉にできないくらいに大好きだった。

「ん、ん…っ」

 気持ちよさでくらりと揺らめく視界と折れそうになる膝をなんとかもたせようと、トキヤはこのキスは幼い頃からの親愛の情をあらわす頬へのキスが唇へのキスに変わっただけだと自分に言い聞かせる。今まではそれでなんとか誤魔化して来れたけれど、それもそろそろ限界のようだ。最近では、キスの前後にハヤトを見る自分の視線と――それから、ハヤトの視線も、お互い蕩けてしまうようなものに変わってきてしまった。

「トキヤ、かわい…」
「はふ、…ぁ」

 トキヤは、ハヤトに対する自分の感情が兄弟への親愛の情だけではないことにとっくに気付いていた。そして、ハヤトもきっと同じ気持ちだということにも。隠さずに伝えてしまえたらどんなにしあわせだろうと何度想像したかわからない。
 自分たちは男同士で、兄弟で、これ以上を求めるのはいけないことなのだと自分に言い聞かせて、必死に気持ちに蓋をして。ギリギリ残った理性でなんとか今日までを乗り越えてきた。

 けれど、こうやって別れ際に毎回ぎゅっと抱きしめられて感じるハヤトのあたたかなぬくもりに触れていると決心が揺らぐ。ほんとうは、こうやってキスするのだって拒否すべきなのだ。これ以上想いが募ったら、きっと兄を好きなだけでは済まなくなる。欲深い私はきっと、もっと、もっとと次の段階を望んでしまう――トキヤは、それがわかっていていながらも、繋いだ手を振り解くことができずにいた。

「ね、トキヤ。ボクのこと、忘れないでね?」
「……たったの5日間で、忘れるわけないでしょう」

――誰かが歌っていると、あなたの声が聴きたくなる。誰かの笑顔を見ると、あなたの笑顔がみたくなる。どこに居ても何をしていてもあなたのことを思い出すくらいには、あなたのことがすきなんです。例えどれだけの期間離れていようと、あなたを忘れるなんてありえません。

 そっけないふりで誤魔化そうとしてみてもつい口をついて出てしまいそうになる本音をぐっと飲みこむと、ハヤトはそれがわかるかのように、ふわりと笑いながらもう一度きゅっと腕の中の弟を抱きしめた。甘えるように首筋に頬をすり寄せてみれば、ハヤトのにおいがふわりとトキヤを包む。だいすきなにおい、ハヤトのにおい。それに包まれた瞬間、トキヤは愛しさできゅうっと胸の奥がくるしくなった。

「そっかぁ。でも、トキヤにとっては、『たったの5日間』かもしれないけど」
「え?」
「ボクにとっては、『5日間も』トキヤと会えないんだよ。寂しいにゃあ」

――私だって、寂しいです。私が何処に居ても何をしていてもあなたを思い出すのと同じように、あなたも私の事を思い出してくれればいい。そうして、私の声が聴きたくなって、笑顔がみたくなって、やわらかいくちびるがそっとふれる甘いキスを思い出して。せつなさで胸が苦しくなるような想いを、あなたもしてくれたなら、と願ってしまいます。
 ハヤトのことを好きな気持ちが、トキヤのこころの中でどんどん膨らんでゆく。なにひとつ言葉にできない想いは、いつしか涙にかわってしまったようだった。目の奥がじんわりと熱くなって、目の前にいるハヤトの顔がぼやけてしまう。

「トキヤ?」
「――あ…」

 トキヤの陶器のような白い頬。今はキスのせいでほんのり桜色の上気したそこをぽろぽろと伝い落ちてゆく雫に、ハヤトはもちろんトキヤ自身も驚いてしまったようだった。
 泣いてはだめだ、これから収録に向かうハヤトに心配をかけてしまうだけなのだからとなんとか止めようとしても、涙はいうことなんて聞いてくれず、後から後から零れ落ちてくる始末。思わず目を逸らそうとした瞬間――手袋を外したハヤトのしなやかな指が、トキヤの頬に触れた。

「ご、ごめんなさい」
「トキヤ、我慢しないで。涙はボクの前で全部零してほしいな。その代わり、ひとりで泣くのはダメー。こうやって、拭ってあげられないでしょ?」
「ハヤト…」
「ね?約束、できるかにゃ?」
「……はい…」

 相変わらすちっとも止まってくれない涙を、そおっと拭ってくれるハヤトの手があたたかくてここちよくて、トキヤはあと少しの間だけと決めて、その愛しい手に甘えるように擦り寄ってしまうのだった。




――誰にも言えない私の秘密、それは、あなたを好きだというこの気持ち。きょうだいで、ふたごで、男同士。私たちの間にあるどの関係を持ってしても、結ばれる筈などないというのに。私は、どうしようもなくあなたのことがすきなのです。このまま、私を抱きしめてくれるあなたの耳元に唇を寄せて、ちいさな声で好きだと伝えてしまえたら。あなたはどんな表情をするのでしょう。驚き?嫌悪?……すこしは、喜んでくれますか?








改定履歴*
20120123 新規作成

あいこの曲を聴いてたらもうどうしようもなくHAYAトキにしか聴こえなくなってきて、それで書いたお話です。最後までお付き合いありがとうございました。
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