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秘密 -6-

 午前5時58分。この時間になると、トキヤは毎日テレビのスイッチを入れる。程なくして聞こえてくる兄の元気な声、それに応えて「おはようございます」と朝の挨拶をしてから身支度に取り掛かるのが、トキヤの日常だ。

『おはやっほ〜! 全国一千万のハヤトファンのみんなぁ、元気かにゃあ?』

 ハヤトがトキヤと共に上京し、「おはやっほーニュース」という初めての冠番組を持たせてもらって、早3年。底抜けに明るい笑顔と、ぐっとこころを掴むフレーズで始まるこの番組は回を重ねるにつれて数字を伸ばし、今やハヤトはトップアイドルの名に恥じない人気を誇る『朝の顔』となっていた。



 朝の情報番組だけに留まらず、バラエティーに歌番組にと順調に仕事の幅を広げてゆく彼は、今もテレビの中でとびきりの笑顔を振りまいている。そんな兄の姿を見て、トキヤは、はぁ、と小さなため息をついた。壁に掛かっている時計が指す時刻は午後7時40分、いつもならばハヤトはトキヤの作った夕食を笑顔で食べ、入浴も済ませ、ソファで兄弟仲良く寛いでいる時間だ。けれど今は、そのソファには一人分の体温しかなかった。
 双子が高校生になった頃から、こうやってすれ違いの生活が増えてしまった。理由は、ハヤトの仕事が増えたからだ。一度おはやっほーニュースで名前が売れてからというもの、人懐こい性格と整った容姿のギャップがうけたのか、彼の元には今までが嘘のようにたくさんの仕事が舞い込んだ。今となっては仕事の依頼はひっきりなしで、中高一貫教育で進学した高校でも顔をあわせることはほとんどない。

『明日は生放送で歌を歌えるんだよ、楽しみだにゃー。トキヤも見てねっ?』
『はい、もちろん。頑張ってくださいね』
『ふふっ、トキヤに応援してもらえるのがいちばんうれしいにゃあ』

 テレビの中から大きな歓声と聴きなれた兄の歌声が聴こえてくる。見ると約束したのにとても画面を見る気になれなくて、膝を抱えるようにして目を瞑ると、昨日の同じ時間にこの部屋で交わした会話と嬉しそうに笑っていた顔が思い出された。自分だけに向けられていた筈の笑顔が、今は液晶画面の中で全国のファンに向けて振舞われている…そう思うとたまらなくて、トキヤは思わず耳を塞いでしまいたくなった。
 彼は、『HAYATO』は、アイドルなのだ。笑顔を作るのだって生放送に出演するのだって仕事だし、むしろ喜ぶべきことなのだ――そう頭の中では理解していても、どうしても心が追いついていかない。『歌をうたいたい』という夢を着実に現実にしてゆく兄のことを誇らしく思う反面、きらきらの衣装を着てテレビの中で屈託のない笑顔を振りまくハヤトの姿を見ていると、どうしようもなくこころがざわつく。

 兄の影響もあって自分も歌をうたうことが好きになった。いつか、歌手として同じステージに立ちたいと願い毎日のようにレッスンを受けて、少しずつだけど上達している手ごたえはある。けれど、自分が歌うのはいつもレッスン用のスタジオで、曲は誰かが作った練習のためのもの。きらきらの衣装を着て、眩しいほどのスポットライトを浴びて、自分だけの歌をうたうハヤトとは比べ物にならない。そして今彼の周りにいるのはみんな、彼と同じように自分だけの歌をうたっている人たちばかりで……。
 自分も、自分だけの歌をうたいたい。早く尊敬する兄と肩を並べて立てるようになりたい。早く、はやく、彼が自分から興味をなくしてしまう前に。

 今トキヤの心を満たしている感情、それは、紛れもない『焦燥』だった。






改定履歴*
20120122 新規作成
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