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秘密 -5-

「……ん…、ぅ、んー…」

 真っ暗な部屋に、ぐずるようなハヤトの声が響く。寒いのが苦手な彼はしばらく布団の中でもぞもぞと動いていたが、やがて決心したかのようにぐっとひとつ伸びをした。そうして、枕元に置いた携帯を探り当て、明るすぎる液晶から目を逸らしながらもアラームの予約を解除する。

「ふぁ…」

 おはやっほーニュースは、午前6時ぴったりに始まる。スタジオ入りの時間などを考えると、ハヤトが起きるのは遅くともその2時間半前。つまり午前3時を過ぎた頃だ。事務所が用意してくれたマンションは、寝室がふたつある広々としたものだった。それでもハヤトは、少しの物音でも起きてしまうトキヤの睡眠の邪魔にならないようにと気を遣うあまり、いつのまにか目覚ましの鳴る5分程前には自然に目が覚めるようになっていた。
 むにゃむにゃと目元を手の甲で擦ろうとして、ぴたりと手を止める。『ハヤト、あなたはもうアイドルなんです。むやみに目元を擦ってはいけません』可愛い双子の弟がもっともらしくそう注意する様子が、瞼に浮かんだからだ。

 トキヤはこちらに来て以来、まるでハヤトのマネージャーなのだと自負しているかのようにひたすら兄のサポートに徹した。もちろんそれは実際の仕事に関することではなかったが、食生活はもちろん、学校の提出物を忘れないように伝えたり、持ち物の準備に至るまで、今のトキヤにできることは全て。肌の手入れ方法だってそう。どうすればアイドルらしいすべすべの肌を保てるのか、女性向けのスキンケアの雑誌まで読んで研究しているようだった。
 その全ての努力は他でもない自分のためのものなのだと思うと、ハヤトはうれしくてどうしようもなくなってしまう。朝からこんなにいい気分で今日もいちにちがんばろうと思えるボクはしあわせものだにゃあ、と心の中で独り言を言うと、よし、と本格的にからだを起こした。
 トキヤとおそろいの肌触りのいいパジャマの上にあたたかなパーカーを羽織って、もこもこのくつしたとスリッパを履いて。それでも寒そうにひとつ身震いをすると、そっと足音を立てないようにリビングへ向かう。

「うー…さむいにゃー」

 細かく挽いた粉とふたりぶんの水をセットしたコーヒーメーカーが、あたたかそうな湯気をたてるのをぼんやりと見ていると、なんだか自然と笑顔になる。自分の好みよりもいくらか濃い目にするのは、トキヤに合わせるためだ。いつも自分のためにおいしい夕食を作ってくれる彼が目を覚ました時に、自分の淹れたコーヒーで少しでも笑顔になってくれればいいなとの想いを込めて、ハヤトは引っ越して以来一日も欠かさずこの習慣を続けてきた。

 コーヒーがはいるまでの間に簡単な身支度を済ませたハヤトは、最後にトキヤの部屋へと足を向ける。そおっとドアを開けると、ベッドの上でこんもりと丸くなっている布団が目にはいる。静かに響く、すぅすぅという規則的な寝息が、彼がしっかりと寝ていることを告げていた。
 あ、今日は仰向けに寝てくれてるにゃー、よかった。そう心の中で思いながら、ハヤトは自分の手が冷たくないか確認して、そおっと白い頬に触れた。あたたかい。トキヤってボクと一緒で体温低めなのに、寝てるときはあったかいんだよね、と、自分だけが知っている弟の秘密にまたちょっとだけ幸せになれる。

「……いってきます、トキヤ」

 ちゅ、っと額にキスを落として。寝ている彼に聴こえないぎりぎりの大きさの声でそう言って。それから、またそっと部屋を出て、玄関に向かい、靴を履いて、かちゃんと鍵を締める。今日は本当にいい日だ。だってトキヤは、たまにうつ伏せで寝てしまっていて、そんなときはキスができないから。そんなときは変わりに手の甲へとキスを落とすけれど、やっぱり本当は、頬や額にしたいのだ。おはようのキスは、ハヤトにとって一日の元気を補充するための朝ごはんのようなものであった。



――さて、今日も一日が始まる。今日の台本はどんなだろうな。ミスしたりしないように、しっかり目を覚まさなくちゃ。…トキヤはちゃんと起きれるかな、テレビの中でおはやっほーっていう自分を、見守ってくれるかな?

 テレビ局へ向かうタクシーの中、ハヤトはトキヤとお揃いのタンブラーに入れたすこしだけ濃いコーヒーを飲みながら、そんなことを思うのだった。






改定履歴*
20120120 新規作成
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