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秘密 -3-

 けれど、それは杞憂に終わった。母親と共に見学の許可をもらったトキヤと一緒に収録のためテレビ局を訪れたハヤトは、今までよりずっといい演技をやってみせた。理由は簡単、本番直前まで、最愛の弟であり最高の友達でもあるトキヤと一緒にいたからだ。本番中だって、カメラマンの向こうには本物のトキヤがいる。ハヤトがカメラに向けた笑顔は、いつもの作られた演技ではない、最愛の弟に向けたとびきりの笑顔だったのだ。


『ハヤトくん、私と一緒に、朝のニュースをやってみないか? 君の笑顔は、きっと日本中のみんなを幸せにできるよ』


 収録が終わり、挨拶へと訪れたハヤトに、あるプロデューサーは笑顔でそう話をもちかけた。なんでも、ちょうど春の番組編成で子供向けのニュース番組を作ることが決定していて、その主役を決めかねていたらしい。何人もの候補者を集めオーディションを数度行っていたが、これという決め手に欠ける者ばかりで、未だ主役の座は誰にもきまっていなかった。君ならきっと一番になれる、今からでも遅くはないから是非一度オーディションを受けてくれないか、と。



 ――冗談ではない。ハヤトを東京に連れて行かれたら、私はどうなるのです?ハヤトは私の大切なたったひとりの兄弟なんです。日本中が幸せになろうと知ったことではない、お願い、お願いだから、……連れていかないで。

 トキヤはハヤトの隣でその話を聞いた途端、兄の衣装の裾を無意識にきゅっと握りこんだ。ハヤトを、大好きな兄を取られまいとの気持ちの表れだった。それに気付いたハヤトは、そっとトキヤの手を包むように握った。そのやさしいぬくもりに、一瞬で冷たくなっていたこころが温まる思いだった。もしかしたら、兄はこの申し出を断ってくれる気なのかもしれない…そう思ったトキヤの耳に、信じられないような言葉が響く。

『ボク、一生懸命がんばりますっ! だから是非オーディションを受けさせてください』
『そうか! なぁに大丈夫、きみなら誰だって反対はしない。スタッフへの顔見せみたいなものだと思って、気楽に受けてくれよ』

 自分とよく似た声で紡がれた言葉は、トキヤにとってまるで死刑宣告のようなものだった。なんで?どうして??……ハヤトは、私と一緒にいるのが嫌なのですか?遠く離れた東京に行っても、平気なのですか?



 あれほど楽しみにしていた翌日のテーマパークも、トキヤの記憶には一切残っていない。ただただ、あの兄の言葉がショックだった。自分を置いて、東京へ行ってしまうかもしれない。兄は、ハヤトは、自分よりも仕事を選んだのだ。そう思うと、自然に涙が浮かんでくる。

「…トキヤ?」

 テーマパークにも夕暮れが迫り、きらびやかなイルミネーションが灯るほんの数分前。パーク内のカフェで休憩している父親と母親に了解をとって、トキヤとハヤトはふたりでアトラクションに乗る列に並ぼうと店内を出た。そこでぴたりと足を止めてしまったトキヤを、一目見たハヤトは、慌てて弟の手を引いて傍のベンチに並んで座った。

「〜〜、ぅ、ひっく、ハヤト…」
「トキヤ、」
「ごめんなさい…」
「ううん、ごめんねトキヤ…なかないで。あのね、ボクには夢があって、そのためにもがんばりたいんだ」
「…夢?」
「うん。テレビのなかで、うたうことだよ」
「歌……」

 トキヤは、ハヤトが歌をうたうことが好きなのは知っていた。彼が出演していた子供向け番組には歌のコーナーがあって、その仕事で東京へ向かう彼はいつもより楽しそうだったし、テレビの中の笑顔は目に焼きついている。

 ――そうか、ハヤトには、夢があるのだ。自分より仕事を取ったのではない。彼は、夢を大事にしたいのだ。

 そのことを意識した途端、トキヤのこころがすっと軽くなった気がした。大好きな兄の夢を応援したい。純粋に、そう思ったのだ。こわばっていたトキヤの表情がふわりとやわらいだのを見て安心したのだろう、ハヤトも笑顔になり、トキヤの涙を拭うようにちゅ、ちゅっとキスをした。それを擽ったそうに受け入れるトキヤも笑顔になる。よかった、自分は兄に嫌われたわけではなかったのだ。そのことが、心底うれしかった。

「夢、なんて、すごいです」
「そうかにゃ? トキヤはないの? なにか、やりたいこと」
「わたしは…あなたと一緒にいたいです。あなたが東京にいって、一緒に暮らせなくなるのはさみしいです…」
「わぁ、ボクもだよ! トキヤと離れて暮らすのはやだな」
「…でも、ニュースをやるのでしょう? オーディション、きっとうかります。あなたの魅力はわたしがいちばんしっています」
「ありがとう、トキヤ。ね、じゃあさ、例えば、おかあさんやおとうさんと一緒に暮らすのと、ボクとふたりで暮らすの、どっちがいい?」
「……ハヤトと一緒がいいです」
「そっか! じゃあボクにまかせて。だいじょうぶ、いい考えがあるんだ」

 ね?と小首を傾げてにこりと笑うハヤトの笑顔に、トキヤは不思議なくらいに心が落ち着くのがわかった。大好きな兄が自分の夢のために頑張っているのを応援したいと思ったし、ハヤトが『だいじょうぶ』と言ったからには大丈夫なのだと信じてしまうくらいに彼のことを信頼していた。




 どうして、ハヤトは歌をうたいたいのですか?――トキヤの胸には、両親の待つカフェに手を繋いで帰りながらそう問うた時の兄の答えが今でもはっきりと残っている。ちょうどその瞬間点灯したイルミネーションが、まるでその夢が叶うことを約束してくれているようだった。

『朝のニュースで歌をうたって、たくさんのひとを笑顔にしたいんだ。もちろん、トキヤのことも…ううん、トキヤをいちばんに笑顔にしてあげたい。ボクがいちばんすきなのは、トキヤだよ』






改定履歴*
20120119 新規作成
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