秘密 -1-
『天は二物を与えず』
天はひとりの人間にそれほど多くの長所を与えることはしない、という意味のそのことわざも、彼らを前にすると効力を失ってしまうのではないだろうか。
誰もを惹きつける容姿、愛らしい声、人懐こい笑顔に明るい性格。一ノ瀬ハヤトとトキヤを構成する要素のひとつひとつは、どれをとってみても長所と呼べるものばかり。ひとりでいても可愛い男の子が、双子できゃっきゃっと笑いあいながら仲良くじゃれあう姿の愛らしさは類を見ないものであった。
周りの誰もが、彼らならばきっと誰からも愛される芸能人になれると母親を褒め、母親もまたその想いが心の奥底にあった。自分の宝物である可愛い双子を、もっともっとたくさんの人に愛して欲しい…そう思ったのだ。幸いにも、父親の知り合いに信頼のおける芸能事務所の人間がいたので、どういうレッスンを受け、どういう手順を踏めば子役としてデビューできるかはすぐにわかった。勿論それが実現できるかどうかはわからなかったが、母親はとりあえず双子をレッスンに通わせることにした。
まだ物心ついたばかりの双子は仲良く手を繋いでレッスンに通い、そのこどもらしい好奇心で、まるで乾いたスポンジが水を吸うようにぐんぐんとレッスンの内容を吸収してゆく。賢く頭の回転のよかった双子は、たくさんのレッスン生を育ててきて可愛い子どもは見慣れているはずの講師をも魅了した。
持ち前の魅力にレッスンの成果も加わって、ふたりはあっという間にデビューを果たした。初めての仕事は、こども向け玩具を作る地元企業のCMだった。可愛い可愛い、双子のきょうだい。ふたりが笑いあうだけで、場の雰囲気はやわらかくあたたかいものになる。その評判とCMの出来のよさで、程なくして次の仕事も決まった。その後も途切れることなくいくつかの仕事を依頼され、順調に評価も高まっていった。
初めは地元の企業ばかりであった仕事の依頼元も、少しずつ変わっていった。彼らが小学校に入学した年には有名メーカーのランドセルのCMに起用された。他にも、幼児から小学生向けの通信教育やノート、筆記具まで、いわゆる有名企業のCMは数え切れない程だった。彼らは東京と地元である福岡を忙しく行き来する生活が続いた。
けれど、仕事に恵まれることがイコール幸せであるとは限らない。トキヤは小学校に入ってすぐに、ひどい人見知りになってしまった。原因は、仕事で学校にあまり通えなかったことだ。仕事で学校を休んだ日にあった楽しい出来事を、自分だけが知らない。クラスみんなが楽しみにしている遠足だって、自分だけが仕事の都合で行けない。
みんなが仲良く喋っている中で自分だけがぽかんと浮いているような疎外感が、まだ幼いトキヤのこころを容赦なく襲った。トキヤはそれが原因で引っ込み思案になってしまい、ついには学校に行くとおなかが痛くなるようになってしまったのだ。
母親もさすがにこんな状態のこどもに無理強いはできず、結果、トキヤの分の仕事はすべてハヤトがこなした。仕事で母親とハヤトだけが東京に行く背中を初めて玄関で見送った日のことを、トキヤは今でも鮮明に覚えている。学校でも、家でも、居場所がない――ともすればそう捉えてしまいそうな状況だったが、優しい父親が一緒にいてくれたのだけが救いだった。トキヤは、それまでの分も取り戻すように父親に甘え、母親とハヤトが帰宅すれば二人に甘えて、それでどうにか学校には通えるようになった。けれど、それ以来仕事を受けることはなくなった。
改定履歴*
20120119 新規作成
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