top * 1st * karneval * 刀剣 * utapri * BlackButler * OP * memo * Records

秘密 -13-

 ふわりと触れるくちびるの感覚に、深く沈んでいた意識がゆっくりと浮かんでくる。

「ん…ハヤト」

 やさしい感触に誘われるように、自分に覆いかぶさっているであろう兄の髪に手を伸ばす。程なくしてそのしなやかな指先に触れたのは、予想していた、自分と同じさらさらと指をすり抜けてゆくようなものではなかった。
 けれどこの感触には覚えがある、自分のものより少し短くてほんのり癖のあるこの髪質。この寮に入ってからというもの、風呂上りに濡れたままのこれを、幾度も乾かしてやった覚えがあるのだ。

「……音…也?」
「あ、起きてくれた。おはようトキヤ。って言ってもまだ夜の10時なんだけど…起こしてゴメンね?」
「いえ、そうじゃなくって、あなた、何して…」

 そう、目の前に居たのはハヤトではなく音也だった。よく考えればそれはそうだ、だってここは早乙女学園の寮で、ハヤトがいるわけない。じゃあ何故ハヤトだと勘違いしたのだろうといえば、それは、目を覚ますきっかけになったキスがあったから。でも今目の前にいるのは音也で、じゃあ、さっき自分にキスをしたのは――…

「トキヤ、驚いた顔してる」
「あ…たりまえでしょう! 男同士でこんな、何考えているんです」
「え、男同士だから、じゃないよね。俺だから、でしょ? …ねぇトキヤ、さっき、さ。誰の名前呼んだ?」

 質問に質問で返すのはやめなさい、と、いつものように小言を言う余裕なんてなかった。ほんの数十秒前に自分のくちびるが誰の名前のかたちに動いたか、しっかり覚えている。キスをされて兄の名前を呼ぶなんて、それではまるで、いつも兄とキスしていますと自己申告しているようなものではないか。
 寝ぼけた振りをすればよかったのだと気付いてももう遅くて、自分に覆いかぶさっているルームメイトはトキヤの表情から全て悟ったかのように余裕の笑みを浮かべて頬に手を添えてきた。

「相手がHAYATOなら、キスされてもびっくりしないんだね」
「――それは」
「もしかして、驚く必要なんてないくらいに、いつもしてるの?」
「そんなこと……」
「ねぇどうして? HAYATOのこと、別に好きじゃないって言ってたよね? 好きじゃないのにキスするの?」

 音也の質問に慌てた脳が、これは夢で、実際には自分に覆いかぶさっているのは大好きな兄なのではないかと逃げ道を作ろうとする。けれど、今頬に触れている大きなあたたかい手は、ギターで苛め抜いた指先の皮膚が厚く堅くなっていて…自分と同じで体温のひくい、女性のものと見紛う程にきれいなアイドルである兄のものとは似ても似つかない。そのことが、今目の前にいるのは兄ではないのだという現実をトキヤに容赦なく突きつけた。

「HAYATOのことが、好き? 俺よりもすき…?」
「……」
「トキヤ、答えて」
「先日も、言ったでしょう? 兄のことは兄弟として好きです。キスは、幼いころからの習慣です。私達の母親はそういう人でしたので、自然と」

 だめかもしれない、今度こそ誤魔化せないかもしれない。それでも認めるわけにはいかないのだ…そう思って精一杯の言い訳をする。声も表情も普段通りを装えたかは自信がない。

「〜〜っ、だからっ、そういうのが聞きたんじゃないんだ。俺はお前の気持ちが知りたい。建前じゃなくって、ほんとの本音」

 トキヤの言葉を聴いた音也の表情から、先程までの余裕がすうっと抜けしまった。代わりに、今度はまるで泣きそうなものになる。この男の、表情がくるくる変わる素直さは嫌いではない。むしろ、こどもみたいに素直で可愛いとすら思う。ただしそれは、今このように自分が問い詰められている時以外ならば、の話だ。

「本音も建前もありません。そもそも、何であなたにそんなことを言わなきゃいけないんですか」
「何でって…えっと、俺、お前のことが好きなんだ。じゃなきゃこんなことしないよ」
「冗談はやめてください、私は女性ではありません」
「冗談でキスなんかしないよ!」
「本気ならなおさら性質が悪いです! それからそろそろ退いてくれませんか、重いです。…今日は早く寝ると言ったでしょう」

 寝込みを襲われるようにキスをされて、誰にも知られないようにとこころの奥にしまっていた感情を暴かれて。明日はハヤトに朝早くにハヤトのマンションに向かうと約束したから早起きしなければならないのだ、だからといって睡眠を削るわけにはいかないから、早く寝なければいけないのに。
 忙しい学園生活を遣り繰りして、兄と過ごす為に無理やりつくった大事な時間。それを他に割く余裕なんてどこにもないのだ……そう思ったトキヤが自分に覆いかぶさっている男を本格的に退かそうとした瞬間、また音也の表情が変わる。

「寝かさない。っていうか、明日は部屋から出さないよ」
「は…? 意味がわかりません」
「わからないなら教えてあげる、――お願いトキヤ、俺を置いてHAYATOのとこになんか行かないで」







改定履歴*
20120304 新規作成
- 13/14 -
[] | []



←main
←INDEX

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -