秘密 -12-
『トキヤ一週間学校おつかれさまっ!ね、明日何時頃に来れる?』
『ハヤトも、仕事お疲れさまです。いつでもいいですよ。あなたの時間に合わせます』
『じゃあじゃあ、朝がいい! 早くトキヤに会いたいにゃあ』
『はい、じゃあ朝9時頃に来ますね』
『もっと早くてもいいよ??』
『わかりました、では頑張って早起きします』
『やったぁトキヤありがとにゃあ! 待ってるね』
真面目でストイックなトキヤが、唯一顔を綻ばせてメールをする相手。それが実の兄だなんて、一体誰が信じるだろうか。けれど、現に今トキヤのてのひらに大切そうに収まっている携帯の液晶画面は、ハヤトからのメールを映し出している。
一見しただけでは素っ気無いような短い文章のやりとりだが、双子にとっては、ひとつひとつが何よりも愛しい大切な相手からのラブレターのようなものだった。
ハヤトと離れて過ごす早乙女学園での一週間は、課題やトレーニングに追われて何かを考える暇もないほど多忙な日々が続いた。そうして今日はやっと金曜日、明日になればまたハヤトに会える。
月曜日に交わした約束の確認だけのやりとりなのに頬が緩んでしまうなんて…とは思うけれど、ここは寮の自分の部屋で、今は机に向かってレポートを纏めていて、ルームメイトはお気に入りのクッションの上でギターに夢中。
だから少しくらい平気だろうと思ったのだ。
まさかそのルームメイトが、ギターを弾きながらも時折自分の様子を伺っているなんて夢にも思わずに。
「音也」
「ん?」
「私は今週も兄の所へ行こうと思っていて…その、明日朝早くから出かけますので、そろそろ寝たいのですが」
「あっ、ごめんねわかった、静かにしてる」
「すみません」
「ううんいいよ! HAYATO朝早いって言ってたもんね」
「…はい」
一年間をルームメイトとして一緒に暮らすことを踏まえ、音也には差し支えない程度にハヤトのことを話してあった。
まだ入学して間もない頃、土曜の朝早くから兄のマンションに向かうトキヤに、音也が「どうしてこんなに早起きなの?もう金曜の夜から行けばいいのに」と不思議そうに訪ねたのがきっかけだ。
ハヤトは、午前6時ぴったりに始まるスタートするおはやっほーニュースに出演する為、朝は3時を少し過ぎた頃に起きる。寝るのは遅くとも午後9時頃で、その生活リズムはおはやっほーニュースのない土日でも変わらない。だから自分が兄を訪ねる時には、彼の通常では考えられないほどの朝型の生活リズムに合わせているのだと。
音也が、そのことを覚えていてくれたこと、それから、嫌な顔せず自分を送り出してくれようとしていること。そのふたつは、月曜の出来事がずっと心のどこかに引っ掛かっていたトキヤを安心させた。
そう、音也はあれから、月曜の朝にあった出来事なんてまるで初めからなかったかのようにふるまってくれた。よく歌って、笑って、時にはまたトキヤに無遠慮にじゃれついて、叱られて。それでようやく、トキヤもいつもどおりの生活に戻ることができたのだ。
「じゃあ俺、お前が眠るまで翔のとこ行ってくるな」
「ありがとうございます、いつもすみません」
「いいって。おやすみ、トキヤ」
「おやすみなさい」
トキヤがこうやって早く就寝する日には、決まって音也は真斗か翔か、友人の部屋へと遊びに行ってくれる。気を遣わせてしまって申し訳ないと思いながらもトキヤはベッドに入り静かに目を瞑った。
真っ暗な部屋の中、瞼の裏に浮かぶのは明日の朝になれば会える大好きな兄のこと。
今週の月曜の朝、別れ際に泣いてしまった自分をどう思っているだろう。その場では優しく慰めてくれたけれど、あれから数日経った今、やっぱり面倒くさいと思われてはいないだろうか。いや、でもメールでは早く会いたいと言ってくれた。悪いようには思われていない筈――…
いい考えと悪い考えが交互に頭に浮かんでは消え、そのたびちいさなため息が漏れる。いつもはベッドに入ったままの状態で朝を迎えるような寝相のいいトキヤにしてはめずらしくころんころんと寝返りをうち、折角早めにベッドに入ったのに眠りにつくことができたのはそれから一時間程経った頃だった。
改定履歴*
20120304 新規作成
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