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秘密 -11-

「ね、…HAYATOのにおいするね」
「…は、」
「いつものお前のにおいじゃない」

 耳元に唇を寄せられて囁かれた言葉に、びくんとトキヤのからだが跳ねた。
 におい。ハヤトの、におい。
 心当たりは、勿論ある。というか、あるなんていうものではない。だって自分は今まさにハヤトのマンションから帰ってきたばかりで、別れ際にはハヤトに――そう、まさに今自分がされているのと同じように、ぎゅうっと抱きしめられたのだから。
 今と違うのは、ハヤトとの時は抱きしめられただけではなくて、キスを交わしたこと。

「――っ!!」

 今度は、心臓がどくんと跳ねた気がした。何を思い出しているのだ、兄とは違う男の腕に抱きしめられて、兄とのキスを思い出すなど。そもそも、兄とキスを交わすことなんて道徳的におかしいのに――…。
 どくんどくんと早鐘を打つ心臓の音が、やけに大きく耳に響く。ハヤトの、兄の部屋に2泊3日泊まったのだから当たり前です、と一言言えばいいだけなのに。自分が兄の世話をするのはそれこそ中学の頃からの習慣なのだから別ににおいがうつるくらい普通のことです、と。
 それは解っていたけれど、トキヤは、まるで自分の頭の中が音也に伝わっているような錯覚に囚われてしまい、言いたい事の半分も口にすることはできなかった。

「……そんな、犬みたいなことを」
「えへへ、うん…」
「音也、離して下さい。熱がないのなら学校へ行く支度を」
「――やだ」

 ようやく絞りだした声は震えていて、我ながら動揺しているのがありありとわかる。たったあれだけの言葉でこんなになってしまったら、何かあるのではないかと疑われてしまうではないか。

「こどもみたいなこと言わないでください、音也、手を離しなさい」
「ね、トキヤ。おれ、トキヤがいないと寂しくてしんじゃいそうだよ」
「…もうすぐ寮生活も終わりでしょう。そんな甘ったれたことを言ってどうするんです」
「だからだよ。もうすぐ卒業しちゃうのに、トキヤは寂しくないの? 貴重な土日に俺をほっといてHAYATOのとこに行くの? ――そんなにHAYATOのことがすき?」

 音也は変なところで勘がいい。獲物を逃がさないように抱きすくめて捕まえて、耳元で的確に弱点を攻めてくる。いつもは飼い主にじゃれ付く犬のようだが、これではまるで狼のようだ、とトキヤは思った。

「好き、とかではないです。兄ですから、心配なだけです」

 でも、自分の想いも兄との関係も、ばれるわけにはいかないのだ。そう決めたトキヤは、目を瞑って音也にばれないよう大きく息を吸い込むと、今の自分にでき得る最大の演技で音也の言葉を否定した。

「……っ、また、そうやって誤魔化す…」

 離してくださいと口にする代わりに、ちからを込めた両手でぐっと音也の胸を押して、ひくい声で、冷たい視線を投げかけながら。精一杯の演技はそれなりに効果はあったようだ。
 音也は、それまで彼を包んでいた肉食獣のような雰囲気はどこへやら、叱られた仔犬のようにしゅんとしてそれ以上の追求を諦めてくれた。






改定履歴*
20120216 新規作成
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