秘密 -9-
一ノ瀬トキヤの一週間は、兄でありトップアイドルである『HAYATO』のマンションで、彼をおはやっほーニュースの収録へと送り出すことから始まる。
『…じゃあ、いってきます』
『はい、いってらっしゃい』
そんなありきたりの、でもこれ以上ないくらいに平和な朝の見送りの挨拶の後には、ふたりは決まってキスを交わす。仕事と早乙女学園での学生生活という普段の生活がある彼らは、トキヤが学校が休みの土曜から月曜の朝にかけてしか一緒にいられない。その寂しさを埋めるような、とびきり甘いキスだった。
ふたりがこうやってキスを交わすようになったのは、彼らが高校生になった頃からだ。ハヤトとトキヤは一卵性の双子であり、また、お互いに想いを寄せ合っている関係でもあった。視線や仕草でお互いがお互いをすきなのは明白なのに、男同士であること、兄弟であること、その2つの揺るぎない事実がふたりを恋人という関係にすることを許さなかった。
とは言え、そこは思春期の健康な男子。幼い頃から一ノ瀬家でごく自然に行われていた親愛の情を表す頬や額へのキスはやがて唇へのものになり、いつのまにか舌を絡ませるような恋人同士のものへと変わってしまっていた。
それでも、やはりそれ以上に進むのは躊躇われ、想いを告げることは未だにできずにいる。両方想いとでも表現すればいいだろうか。ともかく、もし傍から他人が見ていたらじれったくてたまらないだろう関係だった。もちろん、ハヤトの職業上ふたりが外で堂々と仲良くすることはできないから、想像でしかないのだが。
ハヤトを見送った後で部屋の片付けを簡単に済ませ、身支度を整えたトキヤが早乙女学園の寮へと戻ってきたのは、ようやく夜が明けて太陽が姿を見せた頃。まだ夢の中にいるであろうルームメイトを気遣ってそおっとドアを開けたついでに腕時計に目をやれば、その針は午前6時40分を指していた。
「――ただいま帰りました」
「トキヤおかえりっ!」
ルームメイトはまだ寝ているだろう、と思いつつもちいさく帰宅の挨拶をしたのは、トキヤ元来の生真面目でお堅い性格のせいである。とは言え、もちろん返答はないものと思っていたところでの元気のよすぎる『おかえり』に、トキヤは伏目がちだった視線を声のした方に向けた。
早すぎる程に早起きをしたせいでまだまだ眠気を欲していたトキヤの深い藍の瞳に遠慮なしに映りこんだのは、鮮烈なまでの印象を残す赤。ルームメイト――一十木音也の、髪と瞳の色だ。
トキヤが突然の予想外の出来事に固まったまま動けずにいるのをいいことに、音也は躾けのなっていない大型犬よろしく帰宅直後の冷えたからだにがばっと抱きついた。
改定履歴*
20120216 新規作成
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