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おねがい、『すき』を一度だけ -2-

「トキヤはさ、いつも優しくないと嫌だな」

 私が彼の唯一でなくなってから数ヶ月後。いつものように私の身体で性欲を解消した後、上機嫌の彼が甘えるように口にした言葉に、私の心がぱきんと乾いた音を立てた。涙が零れないようにとぎりぎりまで溜めておいてくれた私の心のガラスの器は、放っておいてももうあとひと息で壊れてしまいそうだったのに。彼はご丁寧にもそれに止めを刺したのだ。一度はいったひびは決して閉じることはなく、じわじわと水が染み出してくるように、私は彼をバスルームに送り出した後ひとりになった部屋で静かに泣いた。



 この数ヶ月で、ひとつ気付いたことがある。彼は、他の誰と遊んでも結局その日のうちに私を抱きに来る。その前のセックスの痕跡を隠そうともせずに、だ。そして私がそれに気付くのを待っているようだった。痕跡に気付いてもなお彼を受け入れる私のことをきつく抱きしめて、苦しいほどのキスをくれる。
 彼は、私のことをそれなりに好きなのだろう。そしてきっと、私に深く愛されることを望んでいる。苦しいほどのキスの後に見せる、心底ほっとしたような彼の表情が、私にそう教えてくれた。彼は幼少期の経験から、ひとりにされることをひどく嫌がる。ずっと隣にいた私に初めて拒否されて、それまでどうにか抑えていた不安が首を擡げたのだろう。彼の母親のようにいつか私が彼を置いていなくなると心配で、だからわざと私を傷つけて、それでも離れないのを見て安心したがる。これは彼が悪いんじゃない、彼なりの愛情表現なのだ、そんなことは解っている、解っているけれど――もう駄目だと思った。
 私は、彼が求めているような、彼の寂しさを埋め、何をしてもただずっと傍にいてくれる、無償の愛を与えるだけの存在にはとてもなれそうにない。



「――ヤ、トキヤ?」
「え、あ…」
「ぼーっとしてる。そんなによかった?」
「…はい」
「可愛い…ね、もう1回。ダメ?」
「シャワーを、浴びてきたのでは」
「そうだけどー…お前がこんなくたってしてるのみたら、もっと可愛がりたくなっちゃった」

 いつの間にかバスルームから戻ってきていた彼は、あたたかい指を私のそれに絡ませた。そのまま深いキスを与えられて、舌も、思考も、全て彼に絡めとられてゆく。酸素が足りずに、くらりと頭の芯が揺らめいた。

「い、苛める…の間違いでしょう」
「はは、そうだね。…あのさぁ、トキヤ、話変わるけど、こどもって簡単にできるのかな」
「――は、」
「俺、こないだモデルの子から相談受けちゃって。結局間違いだったみたいなんだけど、そんなに簡単にできるわけないよね?」

 そのまま快楽に流されそうになった私の意識に冷水を浴びせるような彼の言葉に、心底ぞっとした。悦ばせたと思った次の瞬間崖から突き落とすような彼の残酷さに背筋が凍る。彼は、どれだけ愛情を確認すれば満足するのだろうかとふと疑問になった。私の愛情を確認するために、他の女を孕ませることすらも彼ならきっと平気でやってのける。それでも離れない私を見て、ようやく少しはほっとするのだろうか。

「びっくりした?…トキヤ、可愛い。ねぇ、ずっと、ずっと俺の傍にいてよ」

 彼はふわりと笑って、何も言えずにいる私の頬に、ちゅっと場違いな可愛らしい音をたててキスをした。彼の傍にいることは、こんなにつらいものなのか。これから先、彼と一緒にいればいるだけ、深く深く傷付けられる。火を見るより明らかなその事実から自分を守る為には、ちゃんとこの関係を断ち切らなければいけないのに、じっと私を見つめる彼の瞳からどうしても視線を逸らすことができない。



「あ、ぅ、はぁっ…は、」
「そう、上手。ゆっくりでいいから」
「くぅ…んっ、はふ、はぁ、…あぁっ」
「は、あ…入ったね?トキヤのおなかの中に、俺の全部」
「や…っ、言わな、で」
「ね、動ける?こうやって」

 求められるがままに音也の身体に跨り、自ら腰を落として、先程中に注がれた精液を潤滑剤代わりに彼のペニスを受け入れる。そんなあり得ない姿をじいっと見つめられていると思うと、それだけで先走りが零れてしまうのがわかった。腰を振らなければいけないのは知識として知ってはいたけれど、はじめての体勢で得られる快感と羞恥で足が震えて動けない。彼の腹に手をついてなんとか落ち着こうとしていると、不意に腰を掴まれてがくがくと前後に揺さぶられた。

「――っ!!や、待、まって、音也、おと…っああぁっ」
「待てない、あ、…きもちい、トキヤ」
「ひぅ…っ」
「上手だよ、すっごく、気持ちい」

 快感でひとりでに閉じてしまう瞼をようやく開けて、彼の表情を確認する。私のぎこちない動きにあわせて突き上げる彼の表情は、うっとりと気持ち良さそうなものだった。ああ、気持ちよくなってくれている、嬉しい。この期に及んでそんな風に思う自分に、反吐が出そうだ。

「あっ、あっ、ゃあっん、っはぁ、んん…っ」
「うっぁ、やば、トキヤ…やっぱり、お前がいちばんだよ、最高にきもちいい、ときや」

 ――苦い精液の味も、本来排泄器官である箇所に男を受け入れる痛みも、好きな相手に自らの身体で気持ち良くなってもらえる悦びも、今繋がっている、いわゆる騎乗位の体勢で得る快感も恥ずかしさも。誰かと恋をして得られる感情と経験は、全部全部、あなたが教えてくれた。そうして、今度はこころを引き裂くような痛みもくれるのですね。いちばん、だなんて何もうれしくない。誰と比べているのですか?



「…おと、や」
「うん?」
「う…嘘でもいいから、好きって言って下さい」
「え」

 もうこれ以上傷つけられては私のこころが壊れてしまうから、今日限りで彼との関係を絶とうと決めた。けれど馬鹿な私は、すぐに彼に会いたくなるだろう。だから、言葉が欲しいと思った。私は彼に愛されていたのだと実感できる言葉を、一度だけでも彼の口から聴けたなら。どうしようもなく寂しい夜だって耐えられると思ったのだ。

「お願いします、いちどだけでいいですか、――っ」
「好き」

 もう一度、彼に愛のことばを請う声が、震えてしまったのがわかった。彼は戸惑ったように私を見上げていたが、全て言い切らないうちに私の唇にひとさし指をあてて言葉を遮ると、聴きたくて仕方なかった言葉を口にしてくれた。どこか幼さを残した彼の赤い瞳が、今私だけを見つめて、好きだと言ってくれている。

「好きだよ、トキヤ、だいすき…」

 幾度も名を呼ばれて、数え切れないくらいに愛の言葉を貰って。嬉しい気持ちと、これで最後なのだという苦しい気持ちがごちゃまぜになって、涙になって零れ落ちる。それを見た彼は困ったような笑顔を浮かべて私の腕を引き、繋がったままぎゅうっと抱きしめてくれた。

「トキヤ、」
「んっ、あぁっ、…音也、おとやぁ…っ」
「――愛してる、トキヤ…」

 ちゅう、と額にキスをされて囁かれた言葉に、心臓が止まりそうになった。愛してる、だなんて、望むことすら躊躇われた言葉を今この瞬間に口にするだなんて、あなたはどれだけ私を傷つければ気が済むのですか。





end

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20120126 新規作成
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