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おねがい、『すき』を一度だけ -1-

 もしもあの頃の自分にひとつ助言ができるならば、『彼を想うのはやめておけ』この一言以外にないだろう。彼に対する想いは恋愛感情ではなく憧れなのだ、そして彼が自分を求めるのも、ただの人恋しさ。一緒の部屋で暮らす相手への恋心を無視するのは辛いかもしれないけれど諦めなさいと。そうすれば、こんなに心の引き裂かれるような思いをしなくて済んだのに。




 早乙女学園に入学し、一年間をルームメイトとして過ごした私達は、驚くくらい自然に体の関係を持つようになった。私も彼も男性なのはもちろん初めからわかっていた。けれど私は、彼の明るさ、無邪気さ、あたたかさ――およそ自分の持っていないもの、欲しがってもけして手にはいらないものを生まれながらに兼ね備えていた彼にどうしようもなく惹かれていたし、彼も、同性だから何なのだ、そんなこと関係ないとばかりに私を求めてくれた。
 卒業した後、私と彼はそれぞれ事務所所属のタレントになることができた。お互いに多忙な日々を送る中で、学生時代から比べれば回数こそ減ったものの、関係が途切れることはなかった。彼の部屋に私が呼ばれることもあれば、私の部屋を彼が訪ねてくることもあったし、泊まりがけの収録ではその宿泊先のホテル、果ては撮影の待ち時間の楽屋で行為に及んだこともある。
 場所や状況は違えどひとつだけあった共通事項は、私が彼を決して拒まないということ。どれだけ忙しい日も、睡眠が足りていなくとも、彼に求められれば受け入れた。たった一人の人間を優先して睡眠を疎かにするなんてアイドルとしては失格だとは思うが、彼を自分のものにしておくという一点に目的を限るとすれば、その努力はあながち間違ってはいなかったように思う。なにしろ彼は、一度だけ彼の求めるタイミングで会えなかったその日のうちに、私以外の人間とも関係を持つようになったのだから。



****
 その日、私と彼は夕方の早い段階で収録を終えた。連日の仕事で積み重なった疲労に押しつぶされる寸前だった私は、楽屋でこの後私の部屋に行きたいと言った彼の申し出を初めて断ってしまった。彼は、わかった、じゃあ今日は誰かと飲みに行ってくるよと言ってくれ、その言葉に心底ほっとしてタクシー乗り場で別れたのだ。よかった、彼はちゃんと私のことをわかってくれる。疲れているときは断ってもいいのだ…そう思うと、今まで張り詰めていた糸がふわりと緩んだ気がした。思えば私は初めから、少し無理をして彼と付き合っていたのかもしれない。
 私はてっきり、レンか翔か、そのへんの誰かを捕まえるのだろうと思ったのだが、どうやらその考えは甘すぎたようだ。彼は行き場を失った性欲を持て余し、私でない誰かを抱いた。それがわかったのは、その日の夜遅く酒に酔って私の部屋を訪ねてきた彼が、首筋にキスマークをつけ、彼のものではない香水のにおいを纏ったまま私を抱いたからだ。
 それなりに売れっ子のアイドルである私達の周りには、若く美しい女性モデルやタレントが沢山いた。そして、彼女達が隙あらば私や音也に言い寄ってくることも理解していた。音也は、基本的に一人になるのを嫌がる。寂しい幼少期を過ごした反動なのだと自分で言っていた。人肌を求める音也と、彼に群がる女性たち。冷静に考えれば、そうなるのは必然だった。

「嫌だ、嫌です、音也…、離してくださ」
「黙って。おとなしくして、直ぐ済むから」
「――っ、ひ、ぅ、っあ、あ!」
「トキヤ、トキヤ…っ」

 酒に酔っていた彼は、私の身体を気遣うことなくまるで人形のように弄んだ。いつもならばつらいくらい入念に施される愛撫もそこそこに、ローションを塗りつけた固くて熱いペニスをねじ込まれた。がつがつと杭を打ち込まれるような激しい律動に、私は幾度か生理的な射精を迎えた。いつもならば彼に揺さぶられているうちに幸せで勝手に流れてしまう涙は、枯れ果ててしまったかのように一粒も出ず、自分の名を呼ぶ音也の声にも応える気にはならなかった。
 霞がかった視界の中で、自分に覆いかぶさって腰を振る音也の首筋に咲く紅だけがやけにはっきりと見える。ああ、この痕はいつになったら消えるのだろう。せめてこの痕が消えるまでには、このことを忘れていつもの私に戻れるように努力しなければ。そう自分に言い聞かせながら、ただひたすら、彼が私の中に吐精するのを待った。『直ぐ済むから』なんて大嘘だ、他の誰かとセックスをした後の彼は射精までの時間がいつもよりずっと長く、私はまるで、嬲り殺されているようだと思った。



「彼氏でもないのに、泊めてくれてありがとう」

 そして次の日の朝、私の隣で目を覚ました彼は、開口一番にそう言ったのだ。彼氏でも、ないのに。ありがとう。頭の中で、彼の言葉を幾度も幾度も反芻する。そうするうちに、気付いてしまった。よくよく思い返してみれば、私たちは身体の関係はあっても『お付き合いしましょう』という取り決めを交わしたことはない。それどころか、気持ちを伝え合ったことも。

――彼は、私のことを好きではなかった。ただの都合のいい性欲処理の相手だったのだ。そうして彼は、もう私以外でも性欲処理できることを学んでしまった。

 認めたくない事実が脳裏に浮かんだ瞬間、私は呼吸の仕方を忘れてしまったような錯覚に陥った。がつんと頭を殴られたかのような衝撃に、彼に何と返したか覚えていない。もしかしたら、曖昧に笑って見せただけだったのかも。いや、それならまだいい。私は、ちゃんと笑顔を作れていたのだろうか。
 私達の関係は恋人という甘ったるいものではなかったのだという現実を突きつけられ、どうしていいかわからなくなった。それでも、メールが来れば会ってしまう。求められれば応えてしまう。彼のこころははじめから私にはなかったのだとわかっていても、人には言えないみっともない関係でも、大好きな彼に縋っていたかった。






改定履歴*
20120126 新規作成
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