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わんこのきもち -1-

「あなたはほんとうに、ペットみたいですね」

 俺の髪を撫でながら、あなたが紡ぐその言葉のやわらかい響きが、スキ。




 夕食と風呂を済ませてからベッドに入るまでのゆったりとした時間を、こうやって俺のソファで二人並んで一緒に過ごすようになったのは、俺達が付き合いだしてからどれくらい経った頃からだっただろう。もちろんトップアイドルである『HAYATO』としての仕事もあるトキヤは帰りが遅くなることもあって、毎晩とはいかないけれど、一緒にテレビや雑誌を見ながらその日あった他愛ない話をするこの時間は、俺にとってのいちばんの幸せ時間だ。

 そして、トキヤもきっとそう。だってトキヤは、俺が何の気なしにトキヤって名前を呼ぶと他のどの時間よりもやさしい声と表情でどうしたんですかって応えてくれる。なんでもないよって言うと、そうですかってちょっと笑って髪を撫でてくれる。ふわりとくちびるが触れるだけのキスの後に恋人のキスをされると、ブラックのコーヒーの味がして少し苦い。苦いねって言うと、ごめんなさいと笑ってくれて…。

 トキヤが淹れてくれた、はちみつとミルクたっぷりのカフェオレと同じくらいにあまいトキヤのこの笑顔を見れるのが俺だけなんだと思うとすごくすごく嬉しい。嬉しくって、とても視線を合わせていられなくて、そこで俺はこくんとひとくちカフェオレを飲む。緩んでしまう顔を大きなマグで隠すためだよ。俺よりひとつ年上で、余裕たっぷりなトキヤはすごくかっこいい。俺はと言えば、トキヤの一挙一動にいちいち反応してしまって顔が赤くなるのをとめられない。
 いつになったら慣れるんだろう、明日かな、来週かな、ずっとそう思ってるけど慣れる様子なんて欠片もなくて、もちろんこのドキドキは俺がトキヤを好きだっていう証拠だから嫌じゃないんだけど、だけど俺ばっかりすきみたいで少し恥ずかしい。

 トキヤはそれをわかっているのかいないのか、ぽんぽんと頭を撫でてまたテレビに視線を映す。トキヤの意識が俺から外れた、そう思うと、苦しいくらいにドキドキしていた心臓がほっと休まるのがわかった。眠る前だというのにこんなにドキドキしてしまってどうしよう…。トキヤはもう平気なの?俺とキスしたその数十秒後にテレビに集中できるくらいの『すき』?一瞬そう思ったけれど、いつもは白いトキヤの耳たぶがほんのり赤みをまとっていることに気付いて嬉しくなった。
 トキヤ、トキヤありがとう。俺がドキドキしすぎてやばいってのに気付いて、わざと素っ気無いくらい普段通りにしてくれたんだね。

 テレビが映し出してるのは、大抵はトキヤが勉強のために見ている歌番組やバラエティで、そこまで勤勉じゃない俺はわりとすぐに眠くなる。うとうとしてる俺に気付いたトキヤがぽんぽんって自分の膝をたたいて、おいでってやってくれて、それに甘えてこてんとトキヤに膝枕してもらうのが、俺の日常。
 『あなたはほんとうに、ペットみたいですね』
 このセリフを言われるのは、こういうときだ。こうやって甘えている時には決まってこう言われる。そしてその後はちゅっとおやすみのキスをされるんだ。


 トキヤの体温にさよならした一人きりのベッドの中で、ぼんやりと考えることがある。
 ――ペットって、どういう意味だろう。
 俺は残念ながらペットというものを飼った事がないからよくわからないけれど、ごはんの世話も身の回りの世話も、飼い主がやってあげる存在だってことはわかる。

 よく考えたら、俺って本当にそうかも。トキヤにおいしいごはんつくってもらうのは毎朝といわず最近では毎食だし(トキヤのお弁当は色鮮やかでびっくりするくらいキレイだ)、部屋の掃除も気付いたらトキヤがやってくれてる。もちろん、叱られて一緒にやることもあるけれど、…あれはもしや、『躾』ってヤツ?


 トキヤにとって、俺はどんな存在なの?
 ペットって、手間ばっかりかかるんじゃないの?
 一緒にいて何かいいことあるの?
 …いいことどころか、もしかして、いるだけ邪魔だったりする…?

 考えても考えても、答えなんてみつからない。こんなのどんな授業よりも難しいよ。だって俺はトキヤじゃないんだ。トキヤが考えてることなんて、わかんないよ…。なんだかすごくしょんぼりした気分になってきてしまって、どうしていいかわかんなくって。俺は、ぎゅうって目を瞑って枕に顔を押し付けた。






改定履歴*
20120226 新規作成
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