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まさか女性に抱き上げられる日がくるだなんて、思ってもいませんでした

一体なぜ、どうして、こんな事態になってしまったのでしょう。私はただいつも通りに、パートナーの七海君と二人、学園のレコーディングルームで週明けのテストに向けて最終調整をしていただけだというのに。

真剣な眼差しでシーケンサーとにらめっこをしていた彼女は、突如として私の身に降りかかった『ある出来事』に目をまるくして驚くと、慌ててレコーディングルームから広大な早乙女学園の敷地を駆け抜け、男子寮へと向かいました。無駄に広いエントランスと長い廊下を抜けて目的の部屋にようやく辿り着くと、乱れた息を整えようともせずに私のルームメイトの名を呼んだのです。

「一十木くん!一十木くん、いますか?一十木くん…!」

どんどんと扉を強く叩く彼女の声は今にも泣き出してしまいそうなもので、ふと見上げればその大きな瞳は実際に潤んでしまっていました。いつもは控えめで大人しい性格の彼女が、こんなに慌てているのを見るのは初めてかもしれません。けれど今、そんなことはどうでもいいのです――だって、泣きたいのは私の方なのですから。

「七海?どうしたの、そんなに慌てて」
「あの、あの、一ノ瀬さんが――…」
「え?」
「これ…っ」

もう今にも涙が零れおちてしまいそうな七海君が、思いきったように大事そうに両手で包んでいたモノを音也へと差し出します。音也はそれを見るなり、絶句してしまいました。それはそうでしょう。彼女が音也へと差し出した『モノ』は、私が着ていた制服一式。それから、そのまんなかに埋もれているのは……幾分小さくはありますが正真正銘この私。一ノ瀬トキヤだったのです。

そう、何がどうなったのかはわかりませんが、私は先程レコーディングルームでどこからか出てきたもわもわとした白い煙に包まれ、気がつけばこのてのひらサイズになってしまったのです。等身はそのまま、身長はきっと500mlのペットボトルと同じくらい。いわゆる、小さな子供がお人形さん遊びをするときに使う、リカちゃん人形と同じサイズです。人形と違う点は、私が動いて喋る人間そのものだということ。

「…音也」
「え…あ、ト、トキヤ…??」

信じられないといった表情で固まっていた音也の時間は、私が彼の名を呼んだことでようやく再開したようでした。小刻みに震える七海君の手からそうっと私を受け取ると、顔の高さより少し下の所まで持ち上げられます。どういうことかわからないのですが、私は身体だけが小さくなり服はそのままだったので、仕方なく七海君が貸してくれたハンカチをバスタオルのようにからだにまきつけたままその視線を受け入れました。

「……………夢?」
「夢じゃありません」

信じられないといったように何度もぱちぱちを瞬きをした音也が、たっぷりの間の後呟いたのは、あまりに彼らしいこどものような言葉でした。夢……そうですね。私も、これは夢なのではないか、レコーディングルームで倒れるか何かして、そのまま夢を見ているのではないかと思い込もうとしました。ですがいくらほっぺたをつねっても、普通に痛い。目が醒める気配など欠片もないのです。

「だ、だって!!えっ、あ、えええ??ほんとに、トキヤ…なの」
「……はい」
「はいって、だって、えっ……急にどうしちゃったの?」
「そんなの、わたしがききたいです…」

もともと素直な性格の音也は、こんなときも思ったことを素直に口にします。彼のそんな性格は嫌いではありませんし、思ったことを口にすること自体は悪いことではありません。けれど今は、私だって何がどうなったかわからないし不安なんですよ。それとも、こんな情けない姿になった私を嫌いになりましたか?…気持ち悪いと、放り投げるのですか?

「あぁぁごめん、ごめんねトキヤ泣かないで」
「……ないてなんかないです…」

音也に見捨てられたらどうしよう。そんなことを思った瞬間、それまで混乱していただけだった私のこころに新しい感情が生まれました。音也に見捨てられ、放り出されることを、『こわい』と思ったのです。胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、目の奥が熱くなって、涙が滲んでしまったのがわかりました。情けない、本当に情けないです。実際にそんなことを言われた訳ではないのに、勝手に想像して、心配して、泣きそうになってしまうなんて。

「あのっ!一ノ瀬さん、一十木くん、私、何か服を持ってきますね!」
「えっ、あ、ありがとう七海!」

そう言った七海君がぱたぱたと足音をさせて廊下を引き返してゆく音が聞こえます。それから、音也の心臓の音も。音也は、きっと気を利かせてくれたのであろう七海君が私たちに背を向けた瞬間、私を自分の胸に抱えるようにそおっと抱きしめてくれたのでした。






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20120111 新規作成
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