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ミルクとはちみつ -7-

かちゃかちゃと、食器の奏でる静かな音がトキヤの耳に届く。それに導かれるように瞑っていた瞼をゆっくり開けると、薄いレースのカーテン越しに差し込んでくる朝の爽やかな光が部屋中を満たしていた。深く深く、眠っていたような気がする。こんなにゆっくり眠ったのはいつぶりだろう、おはやっほーニュースというレギュラー番組を持たせてもらってからというもの平日は夜の明けないうちに起きていたし、その収録のない土日だって仕事に追われるのが常で、本当にもう思い出せないくらいに前のことかもしれない……そこまで考えて、トキヤの意識は一気に覚醒した。

「――収録!」
「あっ、トキヤ、目、覚めた?おはよう」
「おはようございます、スタジオ、寝坊して…っ わ、」

寝惚けてのんびりしている場合ではない、早くスタジオに行かなければ。そのことが一瞬のうちにトキヤの意識を支配して、彼は慌てて体を起こした。そうしてそのまま、とりあえず身支度のためバスルームに向かう、筈だった。ところが、やはりというか何というか、寝起きで録に時間も置かず慌ててベッドを降りた為、トキヤは自分の体を包んでいた毛布を床に落としそれを踏みつけ、ものの見事に転んでしまった。幸いにも前のめりに倒れたため後頭部だけは打ち付けなかったが、それでも、鈍い音が部屋に響く。

「トキヤ!?」
「いた…」
「大丈夫?今ガンってすごい音したよね、うわ…痛かったでしょ」
「へ、平気です。それより、っ収録、スタジオに、遅刻…っ」
「トキヤ、トキヤ大丈夫、今日は一日オフだって前に言ってたよ。カレンダーにも、ほら」

ちょうどキッチンから戻ってきた音也は慌てて手に持っていたマグカップをふたつ部屋の真ん中にあるテーブルの上へ置くと、転んでしまったトキヤの傍に片膝をついてその体を起こしてやる。普段のトキヤではありえない『寝坊』なんて事態に陥ってしまったと思い込んで取り乱す彼の背をゆっくり撫で、どうにか落ち着かせようと試みた。

「え…あ、」
「ね?だから落ち着いて、ほら、打ったところ見せて」

音也のおおきなてのひらから与えられるゆっくりしたリズムと包み込むような雰囲気にすこしは落ち着いたのだろう、トキヤはカレンダーを見上げ『OFF』の文字を見てようやく慌てて立ち上がるのをやめたようだ。音也はそんな恋人の様子にほっとひとつため息をつくと、床に座り込んだまま呆けて動けずにいるトキヤの前髪をそうっと指先で退け先程思い切り床にぶつけていた額をじっと見た。

「あー…、おでこちょっと赤くなっちゃってる」
「…目立ちますか?」
「うーん、わかんないと思うんだけど。冷やすもの持ってくるから待ってて」
「すみませ」
「『ありがとう』」
「…ありがとう、ございます」
「ん、いいこいいこ。あ、ホットミルク!俺、つくってみたんだよ。はちみつたっぷりのやつ。飲んで飲んで!」

めずらしくしゅんとなっているトキヤの表情に気付いたのだろう。音也は、なんでもないよ、というようにふわりと笑うとトキヤの頭をそうっと撫で、頬にちゅっとひとつ可愛らしいキスを落としてぱたぱたとキッチンへと戻っていった。一人残されたトキヤは、まだ唇の感覚の残る頬に無意識に手をやりながら、自分の間抜けさにひとつため息をついて椅子へ座る。『いいこ』だなんていつもは自分が言う側なのに、と思うと若干照れくさくはあるが、決して嫌な気分ではない。そう、例えるならば目の前でおいしそうに湯気をたてているホットミルクのようにあまったるい優しさに包まれているようだ、とトキヤは思った。

「ねぇそれよりさ、」
「はい?」
「どっか痛いところ無い?頭とか。あ、今ぶつけたとこ以外でね?」
「え?平気ですが…何故です?」
「えっ それは、えっと えーっとね、…トキヤさぁ、昨日どうやって寝たか覚えてない?」

音也は持ってきた保冷剤をトキヤに手渡し、テーブルを挟んで向かい合わせに座りながらそう問いかけた。渡された保冷剤はご丁寧にハンカチに包んであって、程よい冷たさが心地いい。音也はトキヤと視線を合わせてはいるものの、ほんのり顔が赤くそわそわと落ち着かない様子で、それが不思議といえば不思議だった。けれどトキヤの寝起きの頭ではその理由に辿りつくことができず、彼は空いた手でホットミルクのマグを持ち上げながら音也の質問に答えるためにひとつひとつ記憶を辿ってみる。

「昨日…?昨日は確か、帰宅してあなたとコーヒーを飲んでそれから風呂に行っ…て……、――!!!」
「……思い出した?」

ぼんやりと昨日の帰宅後の行動を声にだしていくうちに、ようやく昨日バスルームで起きた出来事に辿り着いたのだろう。トキヤの白くてきれいな顔はみるみるうちに赤く染まってゆく。マグカップを持っていない方の手で口元を覆って暫く下を向いている表情は、恥ずかしくてたまらないといっているようなもので、ひどく音也の庇護欲をかきたてた。

「その、…すみません。運んでもらったんですよね」

たっぷりの間の後、消え入りそうな声でようやくそれだけ返事をしたトキヤは、視線だけでそっと音也を見上げた。彼のきれいな蒼の瞳には恥ずかしさのあまり滲んでしまった涙の膜がうっすらと張っている。今までに見たことのない恋人の表情に、音也の心臓がばくばくと慌てた音を立てた。

「う、ううん、それは全然いいんだよ。それより俺の方こそゴメン、がっついちゃって」
「がっつく…って」
「久々にトキヤに触れたら、止まんなくなっちゃった」

――どういう、ことなんでしょうか。というか、風呂に入っているところを襲われて手でいかされた挙句、気を失ってベッドに運ばれてこんな風に心配されるなんて、これではまるで、いつもと逆で、その、何というか、私が音也を受け入れる側…みたいではないですか――…

「トキヤ?」
「っ、え、あ、」
「大丈夫?顔、すっごい真っ赤だよ」
「――っ、平気、平気ですいつもどおりです!」
「そお?」

急に声を掛けられ、トキヤは一瞬今考えていたことの全てが音也に筒抜けになっていたような錯覚を覚えたが、そんなことあるわけないでしょうと自分に言い聞かせて、顔の火照りを誤魔化すようにホットミルクをぐっとひとくち、飲み込んだ。

「――っ!っ、けほ、ぅ、っく」
「わぁあトキヤ、大丈夫!?」
「す、すみませ…」
「あーあ…もうドジなんだから…」
「熱…」

けれどそのホットミルクは、猫舌なトキヤにとっては熱すぎたようだ。彼はなんとか吹き出すのだけは堪えたようだったが、それでも口の端をつうっとひとすじ、飲み込みきれないミルクが伝い落ちてしまった。

「あ、ありがとうございま……音、也?」

ゆっくりと背中を擦ってくれる音也に礼を言おうとしたトキヤの瞳に映ったのは、音也の真っ赤な顔だった。昨日から散々焦らされていたことと、今音也を上目遣いで見上げるトキヤが涙目になっていること、それから、寝起きのせいでまだゆっくりふんわりとした口調。そのすべてが要因となって、思春期真っ只中で年相応に性欲旺盛な音也には、トキヤの口の端から零れたミルクが卑猥な別のものにしか見えなくなってしまっていたのだ。

もちろん、昨日はのぼせてしまっただけだし、涙目なのは先程盛大に咽たのが原因だ。トキヤは音也を煽っているつもりなど欠片もないのだが、音也にとっては今それはどうでもいいことだった。ただただ、目の前で自分を見上げている恋人のことを可愛いと、そう思ったのだ。

「――ときや、」
「え…、っん、ぅ」

気付けば音也は、椅子に座ったまま自分を上目遣いで見上げていたトキヤの口元を伝うミルクをぺろりと舐め取り、そのまま唇へとキスをしていた。トキヤは、このタイミングでキスをされるだなんて全く予想していなかったのだろう、暫くは目を閉じることも忘れて指一本さえも動かせないままされるがままの状態だったが、音也の舌が口内に挿入された瞬間にびくんと肩を震わせた。足りない酸素を求めようと口を開ければ、誘われているのだと都合のいい勘違いをした音也にすぐさま角度を変えてより深く口付けられる。その熱い舌先から与えられる感覚が心地よくて、トキヤの片手は自然と音也のシャツをきゅうっと握りこんでしまっていた。

それに気付いた音也の手が、愛しむようにそうっとトキヤの髪を撫でる。くちびるをあわせるたびに膨らんでゆく、すきだよ、かわいい、そんな気持ちを伝えたいけれど、その言葉を口にするための僅かな時間すらキスを中断するのが嫌だったからだ。音也はトキヤの髪を、頬を、ほんのりと赤くなっている耳たぶを撫でることで、次々にうまれてくる愛しさを伝えようとした。

「んうっ、ん、おと、…んんっ」

そのうちに、音也の耳にトキヤが混じりあった甘い唾液をこくんと喉をならして飲み込む音が届いた。なんだか頭がぼんやりして、もうどのくらいキスをしていたのかわからないけれど、今この瞬間恋人がどんな表情をしているのか気になって、音也はお互いの熱い額をくっつけたままお互いの表情が見える位置まで距離を開けてみる。

「っは…、トキヤ、キス、きもちいーね?」
「――はい…」

いつものセックスではトキヤは余裕の表情で自分にキスをして、自分はそんな彼から与えられる快感に翻弄される側だから、こんなふうにとろけたような声で『はい』と素直に言ってくれるのは初めてだった。些細な事だけどなんだかひどくうれしくて、音也はもっともっとくっつきたいという気持ちを抑えることができなくなる。

「ね、続きしたい。トキヤは?」
「けれど…ホットミルクが、冷めてしまいます。せっかくあなたが淹れてくれた、はちみつ入りの甘いミルク、」
「冷めたらもう一度淹れてあげる。こんどはもっともっとあまいやつ。だからトキヤ、おねがい。ね?」

小首を傾げて大きな瞳でじっと自分の目を見ながらのおねだりに、トキヤが思わずこくんと頷いてしまうと、音也の顔はぱぁっと明るくなる。その輝くような笑顔に、トキヤは先程のキスでぼんやりとした意識の中、きっと音也に尻尾があったなら、千切れるくらいに振っているんだろうな、なんてことを思った。






改定履歴*
20111230 新規作成
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