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ミルクとはちみつ -3-

『どんな自分でも、受け入れてくれる人がいる』

その支えがあるからこそ、トキヤは意にそぐわない仕事もどんなハードスケジュールで詰め込まれた仕事も、全力で頑張れるのだ。音也は基本的に鈍感な男だったが、そのことだけはなんとなく肌で感じ取っていた。

だってトキヤは、毎朝おはようとキスで起こしてくれるし、ただいまの挨拶でも必ずキスをくれる。それに、表情に出てしまうくらい疲れてしまった彼は無言で自分を手招きしてぎゅうっと抱きしめるのが癖で、暫く後に解放してくれる時にはいつだって優しく笑って「充電完了です」と言ってくれるから。自分の存在が少なからずトキヤの支えになれているというのは、直接愛される喜びに勝るとも劣らない程嬉しいものだった。


けれど今週も例に漏れず多忙な日々を送っているトキヤは、月曜日からもうずっとそれこそ日付が変わるくらいの時間に帰宅する日々が続き、もう今日は金曜日だ。いくら彼が望んで仕事に追われているわけではないことを理解しているといっても、こうも一緒にいられる時間が少ない日々が続くとさすがに音也だって寂しくなる。これなら暇つぶしになるだろうと信じていたギター雑誌はとっくにヘタってしまった。恋人がいない時間を埋めるには、こんな雑誌一冊じゃ全然足りないのだ。

幸いにも明日は土曜日でおはやっほーニュースの収録はない。加えて、久々の一日オフだと言っていた。二人で朝寝坊できるなんて滅多に無い特別なもので、音也は、今日だけはトキヤが風呂から戻ってくるのを待っていようと決めていた。半身浴が好きな彼がご機嫌で部屋にもどってきたなら、いつもとは逆に自分が髪を乾かしてあげて、それからいっぱいいっぱい、いろんなことを話そう。一緒のベッドに入ったなら、腕枕も髪を撫でる仕草も、今日は疲れている彼のために、いつも自分がやってもらうことを全部やってあげよう。そうすれはトキヤも少しは疲れを忘れてくれるかな……そう思って。


トキヤの背中を見送ってから10分後、音也の我慢の限界は案外早く訪れた。音也の頭の中いっぱいに、うれしそうなトキヤの笑顔が浮かんでくる。きっと彼はすこしだけ恥ずかしそうにしながらも、最後にはやわらかく笑ってありがとうと言ってくれるはず――そう思うと、たまらなかったのだ。もう大人しく待ってなんていられない。

彼は、よし、と独り言をいうとカフェオレをこくこくと飲み干しいつものようにお揃いのマグカップを洗って、その場で服をぽいぽいと脱ぎはじめる。パジャマ代わりのジャージにTシャツ、ハーフパンツ、下着まで全てを一気に脱ぎさってしまったかと思うと、そのままトキヤのいる浴室へと向かった。



「トキヤー?」
「…?音也?どうしました?」
「おれも入っていい?」

一応問いかけてはみたものの元よりトキヤの返答を待つ気などなかった音也は、言い終わるか終わらないかのタイミングで浴室のドアをがらりと開け、前を隠すこともせず堂々と浴室に足を踏み入れた。そこには予想通り、目を丸くして自分を見上げるトキヤの姿があった。そこにトキヤがいる――ただそれだけのことで、なんだか嬉しくなる。

一方、トキヤは音也の突然の行動にあっけにとられ、何も言うことができずにいた。あまり好まないが寮には大浴場があってそこに音也と一緒に行ったこともあるし、男同士だし、なによりセックスをする仲なのだから裸を見るのは初めてではないのに、ここが本来一人用の浴室であるということ、それから、もう就寝しているだろう音也が突然現れたということですっかり動転してしまっていたのだ。音也はそれをいいことに、すこし広めのバスタブに自分も体を沈め、じっと正面からトキヤを見つめた。ちゃぷん、という心地いいお湯の音が浴室に響く。

「………お風呂、まだだったんですか?」
「ううん、トキヤが帰ってくる前に済ませたよ」
「…あ、寒かったのですか?もう一度温まりたいとか」
「え?ううん。大丈夫」
「では急にどうしたのです?」
「んー…どうもしないけど」
「先に、寝ていたのでは?」

そのまま何も言わない音也の代わりに、ようやく気を持ち直したトキヤが彼の突然の行動の理由を聞いてみる。自分の質問に完結に答える音也の声は、天真爛漫ないつもの彼のものとはすこし違っていた。トキヤが知っている音也の声は、もっと明るくて可愛くて、自分と話すのが嬉しくて仕方ないという気持ちが伝わってくるようなものなのに。この声はまるで――…


「待ってちゃダメなの?おれ、トキヤが足りなくてしんじゃいそうだよ」


そう、これではまるで、泣き出しそうなこどもの声ではないか。湯気の向こうの大好きな赤の瞳はうっすらと涙の膜で覆われていて、トキヤはそれでようやく、音也の行動の意味を理解した。

――思い返してみればこの一週間、自分は学業と年末特番に向けての撮り溜めに追われ、帰宅直後のほんのひと時しか恋人との時間を設けられていなかった。もちろん音也は自分の仕事のことを理解してくれて、どんなに遅くなろうと待っていてくれたし、そのことに対する不満なんて欠片もみせたことはない。けれど、一番彼の傍にいる筈のルームメイトの自分が寮を留守にしている間、音也は基本的にひとりだ。

自分が仕事に追われてHAYATOを演じる事で頭がいっぱいになっている間も、その合間合間に音也のことを想っている時も。音也はひとりこの部屋で、ずっと自分のことを待っていてくれたのだ。






改定履歴*
20111129 新規作成
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