top * 1st * karneval * 刀剣 * utapri * BlackButler * OP * memo * Records

4月♪愛玩動物なルームメイト

それは入学式の一週間後のことだった。この時期、春とは言っても夜になればまだまだ肌寒い。
現に今しがた仕事を終えて帰ってきたトキヤの綺麗な手――特に指先は冷えきっていて、
風邪を引かないうちにゆっくり風呂に浸かって温まろう…彼はそう思いながら部屋のドアを開けたのだ。

「あっ、トキヤお帰り!」

その瞬間、トキヤが『ただいま』を言うより先に、うれしそうに掛けられる『おかえり』の言葉。
これは、トキヤと音也が同室になってからの日課だった。

早乙女学園に入学したからといってHAYATOの仕事量が減る訳もなく、
トキヤは必然的に毎日帰りが音也より遅くなる。
その度に音也がくれる明るい『おかえり』と向日葵のように暖かい笑顔。
全身で喜びを表現しているような出迎えが嬉しいような、そうでないような。

音也の笑顔を見る度に、初対面の時に感じたあのコンプレックスがトキヤの胸に蘇る。
そう、数日間を一緒に過ごして少しは慣れたものの、
トキヤはまだ音也のことを完全には受け入れられないでいた。


「…ただいま、」
「バイト疲れたでしょ?風呂入りなよ!俺今あがったとこで、お湯、張りなおしてあるからさ」

そんなトキヤの気持ちなど全く予想だにしていないのだろう、音也は明るく言葉を続ける。
なるほど、彼はちょうど風呂上りだったのだろう。下半身はパジャマを着ているものの上半身は裸で、
髪だってまだ濡れたまま。肩に掛けているバスタオルに水滴がぽたぽたと落ち、どんどん染みを作ってゆく。

「音也、あなたはまた」
「え?」
「…いいえ、何でもありません」
「ええー?何だよトキヤ、教えてよ」

まるで甘えるような声で自分に纏わりついてくる音也の大きな瞳から目を逸らし、
トキヤは着替えを用意しようとクロゼットの扉に手を掛ける。
そうしているうちに、きっと諦めたのだろう、音也は残念そうに自分のベッドに転がった。
もちろん、髪は濡れたままで、だ。

あまり甘やかすと癖になるから、構っちゃだめだ――そう、解っているのに。
トキヤの形のよい唇からひとつ呆れたようなため息が零れたかと思うと、
彼は着替えを持ったまま足早に音也のベッドへと向かう。
そうして、ベッドに座ったまま何事かと自分を見上げている音也と視線が合うと
手早くその健康的な肌の色をした肩に掛かっていたバスタオルを手にとった。

「トキヤ?」
「ほらっ、じっとして」
「え、わぁっ、何なにっ」
「髪。まだびしょ濡れじゃないですか。乾かしますよ」

それだけいうと、トキヤはわしゃわしゃと赤の短い髪を拭きはじめる。
動作が幾分荒っぽくなってしまったのは、ある種の照れ隠しだ。
そのことを本人が意識しているのかしていないのかはわからないが。

「トキヤ、ときやぁっ、もうちょっとゆっくり」
「…濡れっぱなしでベッドに上がったかと思えば今度は文句ですか?
 まるで、躾のなっていない騒がしい仔犬ですね」
「う、だって、新曲の楽譜早く見たくて、それで…」
「あなた一応アイドル志望なんでしょう?風邪で喉を痛めたらどうするんです」
「…わかった、ごめんなさい」
「解ればいいんです。ほら、次はコレ」

お説教を聞いた途端にしゅんと肩を落とす音也の解りやすさに、
トキヤは思わず頬が緩んでしまうのを抑えることができなかった。
まったく、こんなところも本当に仔犬のようだ。

キャンキャンうるさくて、
人懐っこくて、
人を疑う事なんてしらなくて、
ばかみたいにまっすぐで素直。

言葉のキツさとは対照的に、トキヤの手つきは優しいものだった。
ドライヤーの温風が当たり過ぎないように、丁寧に、…まるで本当に、仔犬を撫でるように。
時折音也が擽ったそうに身を捩る仕草が、なんだかひどく可愛らしく思えるのが不思議だった。

犬を飼ったことはないけれど、きっとこんな感じなんだろう。
そんなことを思いながらドライヤーのスイッチをOFFにする。
一仕事終えた、とほっとした思いでコンセントを抜いて視線を戻すと、
黒目がちなまぁるい赤の瞳が、じっとトキヤの空色を見つめていた。

「?おしまいです、もういいですよ」
「うんっ、ありがとートキヤ!大好き!」
「っ!」

――そう、こんな風に愛情表現がまっすぐすぎるのも、仔犬と同じ。
これは自分にだけじゃない、彼はきっと誰にでもこういう風に接するのだ――…

トキヤは、思わず絆されてしまいそうになる自分の心に
ぐっと歯止めを掛けるようにそう思い込もうとする。
絆されてはいけない、必要以上に仲良くなってはいけない。
だってきっと、彼とは距離を縮めれば縮めるほど、
自分が持っていないものを意識してしまって辛くなる。

「あれ?赤くなってる?」
「そ、そんなことは」
「ねぇねぇトキヤ、もしかして、好きって言われるの、嬉しかったりする?」
「気持ち悪いこと言わないで下さい。なんで嬉しがらないといけないんですか」
「…へー、そっかそっか。そうなんだ、へへっ」

そうは思うものの、こんなに真っ直ぐに『好き』だなんて
好意を伝えられたのは初めてで。
その努力を全て無にしてしまうような音也の笑顔の前に、
トキヤは結局、頑なだった心が少しだけ絆されてしまうのを抑えることができないのだった。

「すきだよ、トキヤ、大好きっ!だからもっと仲良くなろうなっ」
「――〜っ、わかったから、明日からは髪くらい自分でしっかり乾かすことです」

トキヤのこころの些細な変化に気付いているのか、いないのか。
満面の笑みで自分を見上げてくる音也のやわらかな髪をぺちん、とたたいて、
トキヤは今度こそバスルームへと向かうのだった。

――キミはルームメイトで、ライバルで、そして かわいい愛玩動物。







改定履歴*
20111021 新規作成
音くんの髪を乾かしてあげるのはトキヤの役目だって信じてます。
あと、トキヤさんが長風呂が好きだときいて萌え滾りました。
- 2/16 -
[] | []



←main
←INDEX

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -